学び!とICT

2026.11.05 <Vol.16>

子どもが端末を手にしたとき、学校は何を教えるのか――デジタル・シティズンシップという考え方

国際大学GLOCOM 豊福晋平

子どもが端末を手にしたとき、学校は何を教えるのか――デジタル・シティズンシップという考え方

 学校にコンピュータが入り始めた1990年代、私は「コンピュータやネットワークが子どもたちの自在な道具になったら、どんな創造的なことができるのだろう」と考えていました。学ぶ、調べる、つくる、人とつながる。子どもの手にテクノロジーがわたれば、学びの可能性も大きく広がるだろうと思っていたのです。

 現実の日本の学校では、ICTは長いあいだ日常の学習道具になりませんでした。OECDのPISA(生徒の学習到達度調査)でも、GIGAスクール構想以前の日本は、学校でのICT利用が国際的に見て最低水準にありました。この状況を何とかしたいという思いから、2009年頃より私は一人一台の学習端末を活用する海外の学校を訪ねるようになりました。

 そこで目にしたのは、決められた時間だけコンピュータ室へ行く授業とは明らかに異なる学習環境でした。子どもたちは必要に応じて端末を開き、調べ、記録し、表現し、仲間とやり取りします。テクノロジーは「先生に使わせてもらう特別な機器」から、鉛筆やノートに近い日常の道具へと位置づけが変わっていました。

 視察を重ねるにつれ、もう一つ大切なことが見えてきました。一人一台になると、大人がすべての操作や活動を先回りして指示することはできません。学習者自身が目的や状況を考え、道具を選び、どう振る舞うかを決める場面が増えます。その選択によって生じる結果について、自ら責任を引き受けることも求められます。

 学校には、目の前の困った行為への対応があります。授業中に別のサイトを見る、友達とのやり取りに夢中になる、家庭で動画を長時間見続ける。大人が心配するのは当然です。同時に、教育の目的に立ち返れば、「いま、この行為をどう止めるか」から、さらに先の問いがみえてきます。

 私たちは、子どもたちにどのような学び手になってほしいのでしょうか。自分で問いを持ち、必要な道具を選び、試行錯誤し、他者と協働する。うまくいかなければ振り返り、次の方法を考える。主体的な学びや自己調整、対話や協働を重視する現在の学習観は、学習者自身が判断する場面を豊かにする方向へ進んでいます。

 2014年、そんな問題意識の中で出会ったのが「デジタル・シティズンシップ」という考え方でした。自分で判断すること、他者との関係や社会への影響を考えること、自身の選択の責任を引き受けること。私はそこに、ネット利用のルールという個別の話を超えて、これからの学習観や授業観にも通じる考え方を見いだしました。

 デジタル・シティズンシップの普及に取り組む私たちは、自分の目的に合わせてテクノロジーを選び、その影響を考えながら行動できる人を「テクノロジーの善き使い手」と呼んでいます。「善き使い手」とは、目的や状況を読み取り、使い方を組み立て、ときには使わないことも選びながら、自分なりの判断と責任を担っていく人を意味します。

 GIGAスクール構想によって、一人一台端末の環境は日本の学校の日常になりました。これから大切になるのは、その環境で子どもたちがどのように学び、自ら判断する経験を積むかです。「テクノロジーの善き使い手」を育むために、授業や学校には何ができるのか。この連載では、デジタル・シティズンシップを手がかりに、その問いをさまざまな角度から考えていきます。

豊福 晋平(とよふく・しんぺい)
国際大学 GLOCOM 主幹研究員/准教授
一貫して教育情報化をテーマとして取り組み、近年は、北欧諸国をモデルとした学習情報環境(1:1/BYOD)の構築とデジタル・シティズンシップ教育の普及に関わる。日本デジタル・シティズンシップ教育研究会 JDiCE 共同代表理事、国立教育政策研究所評議員(2022~)。