学び!とPBL

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OECD東北スクールから10年③ 能登スクールへ
2025.01.20
学び!とPBL <Vol.82>
OECD東北スクールから10年③ 能登スクールへ
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

 OECD東北スクール(以下、東北スクール)に生徒として参加し、能登スクールのサポートをしている草野みらいさんへのインタビューの3回目です。 東北スクールからちょうど10年となった2024年、元日に大地震に見舞われた能登で「OECD能登スクール」が開催されました。東北スクールの元生徒で、能登スクールのサポーターとして参加している草野さんに状況を報告してもらいました。

1.東北スクールから能登スクールへ

図1 アイスブレーク三浦:草野さんはどのような形で参加したのですか?
草野:第1回の能登スクールは昨年8月でしたが、その2ヶ月ぐらい前にOECDの方から力を貸してくれないか、という打診がありました。東北スクールのプロジェクトは1回だけの打ち上げ花火ではなく、その卒業生は財産で、次のプロジェクトに関わってもらいたい、過去から現在につないで、未来の教育にも意味づけをしたいと、おっしゃっていました。それで、東北スクールの卒業生で、現在もそれぞれの地元で働いている人などが集まりました。特別支援学校の先生、造船工、市役所職員などで、また、東京や奈良の仲間も結集しました。
図2 パレットタイムワークシート三浦:能登スクールは、ある意味東北スクールの反省をもとに企画されていると聞いていますが、具体的にはどのようなことを目指したのですか。
図3 自分のアバターを作る草野:コンセプトは「過去・現在・未来への旅」です。そこから自分の色を見つけるという目的もありました。つまり、より良い未来を描くために過去の教訓から学ぶ、けれど、過去の成功にとらわれない。現在の自分自身と地域を見つめる。自分の軸を持ちながら、能登半島のあってほしい未来の姿を考えられるようにという思いです。さらに、時代も地域も超える旅の中で、支援する側・される側、大人・子ども、能登の人・外の人など、二項対立で「ひと」を分断せず、互いの色や個性を尊重し、それぞれ属性が異なるからこそ生まれる新しい見方・考え方を活かしながら、共創する旅を目指しました。
図4 輪島高校にて三浦:東北スクールに比べると、生徒一人ひとりのあり方に重心が移動しているように思えます。東北スクールの場合は、パリでのイベントというゴールが決まっていて、その成功のために汗だくになって動き回り、がんばる人とそれを頼ってしまう人の間に温度差ができてしまいました。まさに昭和の価値観から令和の価値観への移動と言えるのだと思います。

2.アウトライン

三浦:スクール全体のアウトラインはどうでしたか。
草野:全体は3泊4日、能登青少年自然の家で行い、参加者全体で70人ぐらいだったと思います。そのうち中高生は30人ぐらいで、能登出身は10人程度でした。その他は、OECD共同ネットワークの事務局の方や群馬、大阪からの参加者もいました。輪島高校にも出かけていき、そこには40〜50人ほどの高校生が参加していました。
三浦:具体的にはどのようなことをしたのですか。
図5 大きな輪になっておしゃべり 草野:「過去」のセクションのワークショップでは、私たち東北スクールの卒業生が一人ずつグループに入って体験を語ったり、それが現在にどのように生きているか、一緒に考えたりしました。その後で、このスクールに参加することでどのような「リターン(見返り)」がほしいのか、すなわち「ナレッジ・リターン(どんな知識を得たいか)」「ネットワーク・リターン(どんな仲間に出会いたいか)」「ハッピー・リターン(どんな楽しみを見つけたいか)」など、自分を見つめ、それぞれに得たいものを書き起こしてもらいました。
三浦:どのような意図があったのですか。
草野:一つは、参加者一人ひとりが、誰かに与えられた目的のためではなく、自分自身の興味関心から生まれる課題意識に即して、このプロジェクトでやりたいことを見つけてもらうことがねらいです。二つ目は、東北スクールもそうでしたが、一人ひとりが、経験・出会い・知識・夢・エネルギーなど、挙げるときりがないぐらいいろいろなことを得られる場所だったので、この能登スクールに参加する意欲を育てたいと思ったからです。

3.どんなプロジェクト?

図6 バルーンアートの制作草野:いろいろな設定はあえて行わず、大きな目的すら明文化されていません。東北スクールの時のような詰め込みカリキュラムではなく、とても余裕のある日程が組まれていました。「何もしない時間」も組まれていて、自分で目的を見つけて自由に過ごす時間になっていました。一見「何をするプロジェクトなの?」と思われるかも知れませんが(私も実は、特に学生にとっては、自分がここで何をするのか考えることも難しいのではと思っていました)、学生を見ていて確かに学びがあったと感じています。能登に行くという非日常体験自体が目的になり、そこでの出会いや体験が自己開示につながっていたと思います。
図7 バルーンの中で三浦:東北スクールからは考えられないですね。自己開示とは、どのようなことですか?
草野:能登に向かうバスの中で、中学生が隣になりました。良いチャンスだと思い、ワークショップで使う予定になっていた、さっきの「リターン」について、参加者最年少の中学生でも理解ができるか、その時に一緒に考えてもらっていたんです。すると、その中学生は「グロース・リターン(成長)」では「青少年の家に泊まるので、掃除をしっかりやりたい」、「ネットワーク・リターン(仲間)」では「能登に友だちをつくりたい」といいます。そこから派生して、「将来何になりたいの?」と聞くと、「イラストを描く仕事に就きたい」と話してくれたんですよね。それで「私は広告の仕事をしているから、周りにはイラストレーターがたくさんいるよ、そんな人に会ってみたい、でもいいんだよ。」といいました。そしたら「そうなんですか!?」と目がキラキラしていましたね。憧れの職業が、そう遠い、夢だけで終わってしまう話ではないと思ってもらえた瞬間でした。同時に、私としても、能登スクールがどんな存在になるのか、参加者がより実感を持ちながら4日間を過ごせるように、序盤でより丁寧なセットアップが必要だと、気づけたんです。その子は4日間の中で、少しずつ積極性を発揮できるようになり、最終日の朝の集いには国旗掲揚の旗係を買って出るようになりました。
図8 寝そべって作戦会議三浦:なるほど。成長はあったということですね。
図9 輪島高校にて草野:そうですね。ただ注意も必要だと思いました。それがプロジェクトによって生まれた成長なのか、いつもと違う環境(非日常)だから生まれたものなのか、それは現時点では結論が出せないものだと私は思っています。東北スクールの時に、体育館で大きなバルーンをつくり、その中に入って非日常的な体験をして盛り上がったことがありましたが、能登でも新潟大学の先生にお願いしてバルーンアートのワークショップを行いました。同じように生徒も大人も中に入って大はしゃぎでしたが、これに象徴されるように、この非日常性をどのように次のプロセスに結びつけていくかが課題だと思います。学びや成長には、継続性(習慣になって日常に根付く)という側面も必要ですし。それこそ能登スクールが、打ち上げ花火的な、単なる良い思い出として終わってほしくはないので。まだ始まったばかりなので、全体の形が見えてくるのはこれからだと思います。

図10 能登スクール報告書
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