学び!とPBL

2026.10.20 <Vol.103>

中学生が避難所でできること

福島県立博物館 主任学芸員 筑波匡介

中学生が避難所でできること

 受講者に向けて同じことを最初に話しています。「自分を守れる人が誰かも守れる人」。横浜市の防災体験施設の壁に掲げられていた言葉です。
 自分が災害に遭うと思って生活している人はまれです。ましてや、災害時に自分がケガをして、まして命を失うなど想像して生活している人たちなんていないでしょう。
 とくに災害を経験していない未災地においては、災害についての学習や避難訓練なども他人事になりがちです。自分事として取り組むのは難しいことだと思っています。
 関心をもって取り組んでもらうためにも、今の自分の生活といざという時のことを地続きにすることが大切だと考えます。普段していることで自分ができることが誰かを助けることにつながっていることを知れば、取り組むモチベーションも上がるはずです。
 中学生に期待していることは、いざという時を想像して、考え判断して、行動できるようになることです。避難所の運営なんて、大人の誰かがしてくれると考えています。実は中学生の自分も運営に参加でき、困っている人を助けられる存在になることを知れば、やる気も違ってくるはずです。

避難所設営訓練
自主防災組織や赤十字奉仕団など地域住民も参加し、子どもたちから刺激を受け、学び合いの機会になっているようです。

 3年生が「避難所設営訓練」を行うことを目指し、毎年防災講座を実施している中学校があります。避難訓練ではなく「避難所設営訓練」です。3年間かけて学んできたことを通じて、自ら考えて行動できるように、様々な組織や講師から講義を受け、最終的には考えて行動できることを目的にしています。この訓練には、地域からも多くの人たちが参加してくださり、中学生の実践を見守ります。手出しはしないルールです。
 訓練では、まず避難所の受付を設けます。安否確認をスムーズにするためにはどうすればいいのか。それまでに学習した「やさしい日本語」なども駆使して、案内看板なども仕上げていきます。避難してくる人たちの中には、海外にルーツのある人、体の具合が悪い人、ペット連れの人など様々な人がいて、避難者との間で課題が生まれます。
 災害時にも学んできたこと、体験したことを活かして、もしもの時を想像して避難所を設営していきます。電気のコードが足りなければ用具室まで取りに行き、段ボールベッドが足りなければ体育館の体操マットなどを並べます。学校が避難所になれば、この建物に詳しいのはここに通う中学生たちです。頼りにならないはずはないのです。3年生の姿を見ることで、下級生たちは来年に向けて自分たちができることを考え始めています。

避難所の貼り紙
安否確認やペット問題が実際にあったことを伝えます。これらはレプリカですが、授業の際にはデータからの複製もできます。

 防災の専門家はたくさんいるので、私が複数回講義を行うだけでなく、市役所や県の防災担当課など、ほかにもたくさんの人たちから教えてもらい、考えを聞いて、自分で判断し行動できるようになることが、防災教育に必要なことだと考えます。

 避難所で「中学生ができること」がたくさんあることを知ってもらうことはもちろんですが、中学生向けに行っている講座で、もう一つ大切にしている震災遺産と問いがあります。それは「牛舎の柱」です。

牛がかじった牛舎の柱(レプリカ)
やせ細った柱は、命について考えるきかっけを与えてくれます。問い続けること、考え続けることが福島の復興には必要です。

 原子力発電所の事故によって、長期間の避難を強いられ、その際に失われた命や、その当事者について考える内容です。使う震災遺産が「牛がかじった牛舎の柱」です。
 この牛舎の柱は、原発事故により牧場主は牛を残して避難します。避難指示が続き、その後牛舎へ戻ることができず、餌がなかった牛たちは餓死するまでこの柱をかじり続けました。避難するときに牛を逃がせば、近隣の農家の畑や家を荒らしてしまうことは明らかなので、逃がすという選択肢はそもそもなかったそうです。
 飼い主は、経済動物とはいえ、命を預かる者が家畜を餓死させたのは一番やってはいけないことで、自分には生き物を飼う資格がなくなったと考えています。また自分が行ってしまったこのことを忘れないように、石碑も立てて未来にこの出来事をつないでいこうと考えています。

 なぜ、この柱は削れているのか、なぜ牛を逃がすことをしなかったのか。問いを重ねることで、当時の状況の解像度が上がり、だんだんと理解していきます。そのうえで最後に聞きます。

 「みなさんはこの飼い主にどのように声をかけますか?」
 ほとんどの生徒は、ここでペン先が止まります。

 相手を思いやること、ましてや被災者に声をかける経験はなかなかありません。想像することで、モニターの向こうの出来事だった災害がかなり自分事に近づいていくのだと考えています。

 震災遺産と問いがあれば、災害を持続的に伝承していくことができるのはないでしょうか。博物館資料は、人生よりも長い時間残すことが可能なはずです。この持続可能性があれば、福島での東日本大震災を問い続けること、考え続けることは大切な学びにつながると考えています。
 災害を忘れないため、伝承することは大切です。悲しい経験をさせないためにも、伝承することは被災地の責任でもあると考えます。

筑波匡介(つくば・ただすけ)
1973年生まれ、新潟市出身。公益社団法人中越防災安全推進機構を経て、福島県立博物館主任学芸員。博物館では災害分野を担当し、防災教育を手段として学校での教育活動を支援している。東日本大震災を伝える博物館資料「震災遺産」を活用して能動的な鑑賞方法を研究し、博物館での対話型鑑賞法の実践を進めている。