学び!とPBL
2026.09.24 <Vol.102>
震災遺産を未来づくりへ―福島県立博物館の防災教育の視点から
私は博物館の学芸員です。学芸員は、博物館の資料を使って「収集・保全」、「調査研究」、「展示・教育普及」といったことを行なっています。最近新聞やニュースで取り上げられるように、どの博物館も集めてきた資料で収蔵庫がいっぱいとなり、資料を集めること自体が難しくなり社会的な課題ともなっています。
私が勤務する福島県立博物館は令和8年(2026年)で開館から40年を迎えます。考古、民俗、歴史、自然、美術、保存科学と近年加わった災害分野からなる歴史系の総合博物館です。当館の資料も収蔵庫からあふれんばかりで、大きな課題となっています。
私が担当している災害分野は、東日本大震災を伝える「震災遺産」を管理するために令和3年(2021年)に開設された新しい分野ですが、集めた資料をどのように社会へ還元しているのか、取り組みの一部を紹介したいと思います。
「博物館資料は未来づくりの資源である」とミュージアムエデュケーター研修会で言語化してもらって以来、私たちは集めた資料の社会還元として資料活用の実践をしています。
その一つが、震災遺産の学校授業での活用です。
平成23年(2011年)、福島県は、地震・津波・原子力発電所事故という複合災害を経験しました。被災地では避難が継続中とはいえ、災害から月日が経ち、今はほとんどの小中学生がこの災害を直接経験していない世代となっています。また博物館がある会津若松市は、被災が大きかった沿岸部より遠く離れ、同じ県内とはいえ、災害を身近に考えられる人は少ない地域といえます。未経験、未災地でどのようにして災害を自分事化していくのかが課題であり、これを達成するために、教えるというよりも考えることを授業の中で意識しています。
小学校中学年以上には、震災遺産を学校へ持ち込んで授業をしています。
たとえば、地震によって落下して壊れてしまった体育館の照明の実物を示しながら「落下させないために、家で対策をしているか?」「自分たちの教室で落下するものはないか?教室の安全確認をしたことがあるか?」など、安全に対して人任せになっていないのか問いかけて、自分事として考える時間を設けています。
テレビの向こうで流れている水害の映像も、自分たちの暮らしにつながるようにしています。博物館では、災害伝承というよりも、防災の手法を使って教育活動を充実させることに軸足を置いています。
避難所で使われていた資料もあるので、災害発生時に避難所に行くことになったらそこで自分ができることも想像してもらいます。
地震や水害が自分の住む場所以外で起こっていても、なかなか自分事化することは難しいです。であれば、自分が生活している今と災害を地続きにして想像する機会を設けることで、自分事化することができるのではと考えています。
そして、子どもたちが毎日している掃除当番や給食当番でチームワークを養い、いざという時には大人より大きな力を発揮することができるイメージを持ってほしいと思っています。毎日の生活を大切にすることが、何より生きる力を育むはずです。ここから始めれば、先生たちにとっても面倒くさい、やらなければいけない防災教育から、日常のホームルームの時間でもついでにできる防災教育へと変化するはずです。
防災教育は、次の災害が起こるまでの準備期間の日々をどう丁寧に過ごすか、また災害時や災害からの復旧、復興期にどのようなことができるのかを考える生き方教育でもあると考えています。
次の災害へ向けて「そなえの芽」を増やしていくことが、防災教育の役割かなと思っています。次回は、中学校での実践や高校での実践を紹介したいと思います。引き続きお付き合いよろしくお願いいたします。
筑波匡介(つくば・ただすけ)
1973年生まれ、新潟市出身。公益社団法人中越防災安全推進機構を経て、福島県立博物館主任学芸員。博物館では災害分野を担当し、防災教育を手段として学校での教育活動を支援している。東日本大震災を伝える博物館資料「震災遺産」を活用して能動的な鑑賞方法を研究し、博物館での対話型鑑賞法の実践を進めている。


