学び!と数学

2026.11.05 <Vol.02>

「数学」という教科があまり日常生活に役立っていないと感じることについて……

下村 治(しもむら・おさむ)

「数学」という教科があまり日常生活に役立っていないと感じることについて……

ある飲み会で

 以前、私がちょっと上の立場にいたある集まりで、若い数学科のA先生が少し年上の先生方に囲まれ、イジワルを言われていました。

「中学校の数学なんて、日常生活に使われないじゃん!」
「√2なんて、何なの?」

 確かに、日常生活において、方程式を解いて意思決定をしているなんて人がいたら避けてしまうかもしれませんし、定規の目盛りに√2はありません。でも、若者よ、反撃するんだ!と私は心の中で思いました。しかし、期待も空しく……。

根っこは学習指導要領の柱書にあるかもしれない

 数学の先生は、世の中で数学がいかに役立っているかをよく力説しますが、生徒は「そうなんだ……」という程度の薄い反応しか見せません。そんな風景を研究授業などでよく見かけます。そのたびに、なんとなくですが、「方向性が逆だよな」と思っていました。それが、10月5日に文部科学省から出された審議まとめを見て理解できました。
 現行学習指導要領の柱書では、

「数学的な見方・考え方を働かせ、……」

と書き出されていて、これでは一般の人が読むと数学ありきの印象を与えます。数学の先生方が持っている数学的な知識や経験を子どもたちに伝える方向です。
 一方、次期学習指導要領の柱書では、

「事象を数学的に考える資質・能力について、……」

と書き出されていて、起点は日常の事象であり、そこに興味や疑問を持ったときに数学的な解釈をしていくという印象で、子どもたちの疑問を解決するために数学の先生の知識や経験が生かされるという方向です。

図1 次期学習指導要領等に向けた審議まとめ 出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20261005-mxt_kyoiku01-000052360-2.pdf) 図1 次期学習指導要領等に向けた審議まとめ
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20261005-mxt_kyoiku01-000052360-2.pdf)

 先述の「√2」ですが、数学の先生ならコピー機の141%や71%という拡大縮小の比率に深く関わっていることを知っているでしょう。しかし、一般の人からすれば、141や71はかなり半端で不自然な数字であり、理屈はともかく、それを押せばうまくコピーできるという意識しかありません。
 少し気になったので、職員室でコピーをとっている国語や社会や体育の先生に、71の意味を確かめたところ、誰も正しくは答えられませんでした。人を選んで聞いた私にも多少の悪意はありますが、世の中そんなものです。

 方向性という点で考えると、日常生活では√2という数学が先にあってコピー機を機能的にしているのではなく、コピー機を機能的にしたいから√2を使ったわけです。つまり、日常を便利にしたいという人間の希望が先にあって、そこから数学を活用する姿勢が生まれると考える方が自然なわけです。だから、先生方の授業づくりの意識も、教えたい知識や技能が先ではなく、日常の現実的な状況を先に考えるべきだったのです。

 そう考えると、学習指導要領の柱書からして、数学ありきになっていたのではないかと思うのです。学習指導要領策定に関わる人たちをはじめ、私たち数学科の教員は、数学がある程度得意で好きな人たちの集団です。理想が先立ってしまい、学ぶ当事者の状況や気持ちを想像することが疎かになっていないか、あらためて考え直したいものです。理系・文系などといった枠組みにとらわれず、すべての生徒が、自分たちの生活をよりよく過ごせるように数学を活用したいと感じ、もっと学びたいと思えるような授業が目標です。

飲み会の締めのあいさつ…ちょっと長くなりますが……

 「今日はお疲れさまでした。ところで、皆さん。コピー機で拡大したり縮小したりするときに失敗した経験はありませんか。目的とするサイズになるまで試行錯誤して、ちょっと倍率を変えてみたりしますよね。141%や71%といったビミョーな数値でうまくいったりしてね。実はこれ、数学的には√2を使ってるんですね。(へえ~。)でも、こんな風に試行錯誤することは大事なことだと思います。こういった、日常をもっと便利にしたいと思うときに、私たちが教える学問が生きているかもしれません。生徒の興味や関心を引き出せるような授業をみんなでつくっていきましょう。ね、A先生。」