読み物プラス
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元県立高校教師 高橋睦治
「世界は時空間を共有する」リアルタイムの時代となり、自分の意図にかかわらず情報・メディアが洪水のごとく溢れ出る現在です。日々めざましい文明の利器の恩恵を受け、その渦中いる私たちは、ややもすると傍観者的態度でも「事」が済んでしまいそうです。さらに、プッシュボタン「ON」・「OFF」の操作ーつ(最新は触れる機能もありますが)でLife 生活が事足りてしまうほどの驚くばかりの進歩でもあります。一方、その利便さの裏に、実感をともなった「心のはたらき」や「アイデンティティー」について問われつづけている現状もあります。これらの利器(機能優先)の活用法(メディアアートのジャンルは別として)にもよりますがバーチャル的世界で体験して「知る」「わかった」こと、と実際モノに触れ、考え、そこから「わかった」こと、とは似て異なる体験ではないかと思われます。
私は高校の美術教師としての現場を離れて数年を経ましたが、当時の美術授業を展開するにあたって「教えること」と「学ばせること」の違いを常に意識していたように思います。しかしこれがなかなか難しく、次の展開を急ぐあまり生徒に「ヒントを与えすぎたり」「考えさせる余裕」を充分に与えていたかどうかなど反省すべき点があるような気がします。あらためて思うことは、実技をともなった美術の授業で生徒はイメージに近づくため、技法を生かしつつも「あれや・これや」と試行錯誤しながら、その制作のプロセスで思わぬ発見や感動に出会うことがあります。潜在していた「感性」が目を覚ますこともあるでしょう。また、本人が今までなんとなく不透明(漠然と)に思っていたことが実技(モノづくり)を通して明確となり解決の糸口をつかむこともあるでしょう。そのような時、芸術(美術…)は「表現することの喜び」を体感でき得る直接的な教科であると思っています。
次に、実施しました美術授業展開の「地図とカタチ」のー例を挙げてみますが、その前にこの授業の題材(テーマ)を設定するにあたってのいきさつ(契機)のようなことを述べてみたいと思います。
多分、私が小学校の高学年の頃だったと思います。父の部屋から「ガリ・ガリ…」と時折不思議な音が響いてきました。それは、父が何やら鉄筆を片手に板状の金属板(ガリ版)に油紙(原紙)とで不思議なカタチを書いていたのです。後にそれは父が社会科の教師で、地理の試験問題づくりをしていたという事が分かったのです。(当時はコピー機などはなく)その不思議なカタチは多分アメリカ大陸だったと思います。道理でわが家のトイレの中の前面には父が貼ったと思われる「世界地図」が占拠していて否が応でも国々や大陸が目に入ったのを記憶しています。私は、最初はこの地図を漠然と「ながめていた」が、しだいに「みつめていた」自分になっていたようにも思います。
後々このことと直接関係あるかどうかはわかりませんが、「地図」に興味をもつ私は旅先で現地の地図を買い求める癖がついているようです。そして世界地図の扱かい方がそれぞれの国によって異なっているのに気付き、そのお国がら(考え・センス…)までも見えてきます。また国境の区分が直線であったり、燐国同士の複雑な曲線が山脈で仕切られていたりと政治色や自然に沿った地形(カタチ)である事情も見えてきます。
美術授業展開: 「地図とカタチ」
【題材】
地図と形(動物…):MAP&ANIMALE…etc.
(動物に限らず植物など生物全般・架空の生き物などを対象として)
【題材設定内容】
世界地図(メルカトル図法)から国や大陸や島を用いて、これらを組み合わせて自分のイメージした動物などに合うカタチ(形・象)をつくり出す。
【題材設定理由】
- 地球に生まれた私達は、あえて自国はもとより他の国々や大陸や島々の自然界がつくりだす固有なフォーム(形状)を知り、意識させる。
- これらを造形的な見方で捉えさせてみる。これらの形状から連想したり、イメージを誘発したり、潜在していたものを引き出す契機としたい。
- 生徒自身のオリジナルな見方・感じ方を具体的に作品へ反映させたい。
【授業展開】
- 配布された世界地図(A3)から各国や大陸などのカタチ(国境ライン)をつぶさに観察する。
- イメージして浮かんだ表現したい動物等をメモ描きする(1つに限定しない)。エスキースとして大まかに描き出す。
- 部分(国=パーツ)と全体(動物等となる対象)をどのように関係させるか工夫考案する。
- 配布された世界地図(A3)上のパーツとなる国々などをトレーシングペーパーで写しとりながら組み合わせてゆく。その都度パーツに国名も書き入れておく。
- エスキースと照合しながらすすめるが自分のイメージに近づけるべく根気よくタイムリーなパーツを見つけだす。
- 完成した動物等に国名を入れたものと彩色するものと2部作成する。基本的に1部はパーツからなる説明図用とし、もう1部は着色するためのオリジナル動物等の完成用とする。(それぞれコピーや転写により適宜拡大する)
【作業条件】
- 地図中の国や大陸や島など同じパーツを繰り返し使用しても可。
(レピテーション) - 地図中の各パーツは同ー大で選び、拡大・縮小はしない。
- 各パーツの反転はOK。(地球の内側から見たカタチ)
- 地図中のパーツから動物等を連想してしてゆく。イメージした動物等に合うカタチを地図からピックアップする。どちらの方法でも良いが、イメージを展開するため最初は配布された世界地図と対峙してからスタートする。
【準備材料・備品】
世界地図/トレーシングペーパー/HB・4B~6B鉛筆/ボールペン/絵の具/筆/マジック/定規/画用紙/セロファンテープ/コピー機
【評価の観点】
この題材は普段からの観察力・イメージ構成力・美的表現力などの造形要素を評価の基準としました。
【評価の具体化】
- 配布された世界地図をじっくりと観察することが出来たか。
- 各国々のパーツのカタチがアイデアとうまく連動し、生かされていたか。
- トレース作業や転写技術が正確にできていたか。
- 発想がユニークか。部分と全体との関係が有機的に響いていたか。
- 下絵となるエスキース・アイデアスケッチ・プロセス中のメモ描き等も評価。
- 色彩表現によっての効果が出ていたか。(工夫・考案)
- 完成までの作業の進行具合に個人差がでるが、これは評価の対象にしない。(ーつのテーマに向かって根気強く、自分が納得するまで取り組むには時間に追われて中途で安易に妥協してしまうことは避けたいため)
【指導して感じたこと】
- 生徒にとって地図と対峙する時間が長くなり葛藤しながら考える場面がかなり多くなるため、安易に時間を気にさせてはならないと感じました。(個人のペースを大切にする)
- 面倒くさがりやの生徒に限って2~3の少数のピースで早く終わらせたい傾向がありました。その場合、当然ダイナミズムに欠けました。 (適宜、参考となる作品等を見せて組合わせる妙味を理解させました)
- ようやく探しあてた(その時の生徒の表情から)タイムリーなパーツとなる国名は、本人にとっては忘れられない国となるかも知れないと思いました。
【最後に】
この題材から生徒ー人ひとり全くもって同じ作品はなく、各人それぞれのイメージが展開したオリジナル作品となりました。そして日頃の出会いや場面を意識してモノやシクミを視て感じとっていたかが問われるテーマでもあったと思います。授業を通して生徒が意識/認識をあらたにし、興味や関心そして発想や構想力がいかに大切であるかを感じとる契機となればと思いました。