中学校 道徳

2026.11.04 <No.009>

「本音で進める道徳の授業」(第3学年)

山形県山形市立金井中学校 教諭 沼澤智恵

「本音で進める道徳の授業」(第3学年)

1.はじめに

 道徳の授業を行ううえで、私が大切にしていることは4つある。

①生徒が本音で語れる雰囲気をつくること。
②何を考えさせたいのかを明確にして授業を構成すること。
③教材を通して自分ごととして考えられる発問を行うこと。
④新たな気づきが生まれるような授業づくりをすること。

 これらの中でも特に重視しているのは、「生徒が本音で語れる雰囲気をつくること」である。心身ともに成長の途上にある生徒は、「こういう場面ではこうした方がよい」という理想の行動について一定の理解をもっている。しかし、実生活においては、理想どおりに行動できないことが多い。その背景として、内面的な思いや葛藤が行動を妨げているからだと考えられる。
 そこで道徳の授業では、理想を提示するだけでなく、「自分はどうなのか」「自分だったら本当にできるのか」といった「本音に向き合う発問」を適切に挟みながら授業を進めることを大切にしている。本時は、理想と現実の間で揺れ動く生徒の心を丁寧に受け止めながら行った授業である。

2.教材について

 筆者である向田邦子さんが、親元を離れて一人暮らしをした際の経験を描いた文章である。行儀に厳しい父の目がなくなったことで、一人暮らしによって得た自由な生活が、いつの間にか自堕落な生活へと変わっていく様子が示されている。「私」はその変化に気づいて自らを反省し、「独りを慎む」ことの重要性を再確認し、自制した生活を送ろうと決意する。
 一人暮らしの経験はまだないものの、自分の部屋をもち、一人で過ごす時間を確保している生徒は多い。そのため、一人で過ごしているときの自分の姿を、筆者の経験と重ね合わせて考えることができる教材であるといえる。また、向田邦子さんの作品は他教科でも扱われており、登場人物である父の人物像も想像しやすい。こうした要素が相まって、生徒と教材との心理的な距離が縮まり、導入段階から興味をもって読み進めることができる。

3.実践事例

(1)教材名

教材「独りを慎む」(令和7年版『中学道徳 あすを生きる 3』日本文教出版)

(2)主題名・内容項目

自制する心(内容項目:A‐(2)節度、節制)

(3)本時のねらい

 自制とは、我慢のような消極的なものではなく、自分を適度に制御して人生の主人公になることであり、自制することで自己の人生を豊かにし、意義ある生き方につながることの自覚を通して、自分の生活を振り返り、自制について考えようとする態度を養う。

(4)展開例

学習活動
(○主な発問 ・実際の生徒の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価

導
入
(5分)

1 「自制する心」について考える。
○「自制する心」とは、どのような心だと思うか。
・我慢する心
・自分を制限する心

◇本時のねらいに関わることを考え、授業を通して生徒の変容を捉えられるようにする。
◇筆者の写真を電子黒板に映すと共に、筆者の作品の既習事項に触れ、教材への親近感をもたせる。

展
開
(40分)

2 教材を読んで考える

○一人暮らしをした「私」は、どのように行動が変化したのか。
・行儀が悪くなった。
・食材をいためて、フライパンの中から食べるようになった。

◇発言に関連する挿絵を黒板に貼り、「私」の行動の様子をイメージしやすくする。

○行儀が悪くなったことは「精神の問題だ」と「私」は考えているが、どのように考えが変化したのか。
・厳格な父から解放されて何をしてもよいと思うようになった。
・誰も見ていないからいいと思い、やってしまうようになった。

◇精神の変化は行動に表れることを「私」を通して考え、自分のことを振り返るきっかけにする。

○誰も見ていないところで行儀が悪くなることはいけないことなのか。
・悪くない。誰にも迷惑をかけていない。
・悪い。人前でしてしまう。

◇「私」がしていることは悪いことなのか自分の考えを確認する発問をし、中心発問につなげる。
◇筆者はよくないと思っているから「独りを慎む」ことが大切だと思っていることを確認する。

中心発問 「向田さんが『独りのときこそ慎むことを大切にしよう』と思ったのはどうしてだろう。

・自制できるということは精神が安定していることであり、自制できないのは精神の問題である。自分以外に人がいる、いないということは関係なく、人間としての立ち振る舞いが大切だから。

◇「自制できる=精神の安定」であること、自分を適度に制御できることが自立につながるということに気づかせる。

・一人でいるときに自分をコントロールできないとそれが身についてしまい、自分を止められなくなるから。
・いつまでも誰かの力に頼っていると自分で判断する力がなくなり、自立できないから。
・一人だと歯止めが利かず暴走する。だからこそ一人になったときでもブレーキをかけることが大切。

◇板書を行う際には、生徒の考えがそのまま伝わるよう、教師の解釈や価値判断を加えずに記録する。全ての生徒の意見を公平に扱い、安心して発言できる雰囲気をつくる。

○「独りを慎む」ことの大切さが分かりましたが、みなさんはできますか。
・できない。欲望に負ける。
・できる。人前で恥をかきたくないから。

◇自分ならできるかという発問をし、考えたことと実際に行うことの難しさを認識させる。

○「自制する心」をもつと、自分の生活はどのような生活になると思うか。
・気持ちが変わる→自分磨き→気持ちがいい→毎日が楽しい。
・理想の自分になれて自分が好きになる。
・自制しすぎて自分を見失ったり、自分のやりたいことを我慢しすぎたりするのはつらい。

◇相反する意見を取り上げ、コントロールするのは自分であることや、適度にコントロールできることは人生を豊かにするものであることに気づかせる。

終
末
(5分)

3 今日の学習を振り返る。

○「自制する心」とはどのような心なのだろう。今日の授業で考えたことをまとめよう。
・自制するということは、社会になじむニュアンスに近いと思った。

☆最初の発問に戻り、学習で気づいたことや考えたことと照らし合わせながら、自分なりの「自制する心」についての考えがまとめられているか。

・自制の基準は、厳し過ぎるとかえって自分が苦しくなる。そうなると評価ばかり気にしてしまう自分になるから、自分の心も大切にしながら決めることが大切だと思った。
・自制する心とは、とても難しいもので自分でしかコントロールできない大切なものだと考えることができた。
・自制のバランスを考え、時には「自制を自制する」ことも必要だと思った。
・理想の自分になれて自分が好きになるという意見があった一方で、自分を自制し過ぎて本当の自分が分からなくなるという意見もあって、自制することの難しさをとても感じた。

◇自分の考えを深めるためにデジタルツールを活用して振り返りを行い、他者の考えや学びを参照できるようにする。

4 「独り慎む」の出典を紹介する。

◇国語科で『論語』で「君子」について学習した。既習事項に触れながら、2500年以上前から言われてきた言葉であることを紹介し、授業後も考え続けられるようにする。

4.板書例

5.まとめ

 本授業では「1.はじめに」に述べた「①生徒が本音で語れる雰囲気をつくること。」を重視しながら授業を進めた。生徒は教材を読み進める段階から、「これは行儀が悪いことなの。自分もしているけどな。」と本音を漏らしながら読んでいた。その様子から、行儀が悪いと判断する基準が、筆者と生徒自身とでは異なることがうかがえた。
 中心発問に対して生徒から返ってきた考えを踏まえて「自分はできるのか。」と問うと、半数以上の生徒が「できない。」と答えた。そこでさらに、「『できない』と感じていることができるようになったとき、どのような生活になるのか。」と問い返したところ、「理想の自分に近づき、自分を好きになり、人生が豊かになる。」と発言する生徒がいた。この発言は、それまでそのような視点をもっていなかった生徒にとって新鮮であり、自分の生活を見直す契機となった。
 このように、「生徒の本音に向き合う発問」を適切に挟みながら授業を進めたことで、生徒は次の発問に対してより深く思考するようになった。また、「自分を自制し過ぎて本当の自分が分からなくなる。」という、相反する意見も取り上げたことで、自制の主体は自分自身であること、そして適度に自制することが重要であるという気づきが生まれた。さらに、「どの程度自制するのか。」「自分はなんのために自制するのか。」といった新たな問いが生まれ、思案する生徒も見られたことから、本授業は、一時的な学びにとどまらず、今後の生活へとつながる深い学びを生み出したと考えている。