学び!と美術

学び!と美術

藤本智士インタビュー(後編)~美術作品と社会
2018.10.10
学び!と美術 <Vol.74>
藤本智士インタビュー(後編)~美術作品と社会
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 藤本智士さん(※1)のお話、第2弾です。後編は、作品の見方や地域に根差した美術教育などについて考えるヒントになる内容です。

ローカルというアドバンテージ

奥村「講演では『秋田というローカルだからこそアドバンテージがある』というお話がありました。地方はサイズが小さいから、巨大な都会ではできないことができる。そういう面白さが味わえるという意味でしょうか?」
藤本「かつては都会に正解があって、田舎にいる人たちは都会のようになりたいと思っていました。しかし時代は変わって、都会の人の方が地方での暮らしに憧れていたり、疎ましく感じていたはずのコミュニケーションを求めたりしている。そういう意味で、もはや『面白さ』というか、多くの人が『魅力』だと感じることが、都会よりも田舎に多くあるんじゃないかと思います。だからこそ様々な地方で暮らす人々が、自分たちの中で考えや慣習に自信を持つことが大事です。東京のやり方は田舎では通用しないけれど、秋田で考えたことは島根でも使えるとか、そういう地方と地方のつながりの先にあるクリエイティブに僕は今とても興味があります。」
奥村「『のんびり(※2)』というフリーマガジンもそれがポイントですか?」
藤本「『のんびり』というタイトルには、少子高齢化No.1の秋田だけれど、価値観が変化しつつあるいま、自分たちを卑下して、『ビリ』だなんて思わなくていいんじゃないか? つまり『NONビリ』という意味をこめています。経済指標とは違った数値では表せない豊かさの指針を探りたいと思ってつくっていました。」
奥村「都会の価値観で泳いでいたらだめなんですね。それは地方の教育を考える上でも役立ちそうです。今ある地域の人や暮らしの中から、その学校のカリキュラムを考えることが大切かもしれません。」

暮らしの中で生きる作品

奥村「『のんびり』の特集がきっかけで再評価される木版画家、池田修三(※3)も同じ視点から生まれているのですか?」
藤本「そうですね。池田修三さんの作品にはじめて出合ったのは、秋田で泊めてもらった友達の家でした。リンゴを持った女の子の目に影があって、どこか哀しげで、単にかわいいだけではない表情が独特で、そこに秋田を感じたんです。秋田の冬の厳しさとか辛さとか、それでも生き抜く強さとか……。それで『これは誰の作品?』と友達に聞いてみたら『池田修三』という名前と秋田県にかほ市出身であることを教えてもらいました。やっぱり秋田の人だ!と思った僕は、まわりの友達に池田修三さんって知ってる? と聞いて回ったんですが、みんな知らないっていんです。だけど絵を見せた瞬間に『知ってる!』って。それどころか『結婚式のとき送ってもらった』『新築祝いに購入して贈った』など、秋田のひとたちの暮らしの中に池田修三作品があった。なのに名前を知らないっていうのが余計に暮らしへの浸透を感じて驚いたんです。」
奥村「都会の価値観とはちょっと違いますね。」
藤本「美術作品はときに、投資として作品を購入し、大事にしまわれてしまいます。だけど、人の目に触れないのは、作品として、作家として幸せとは言えないように思います。池田修三さんの作品は、手頃な価格で購入され、贈り合われ、実際に家庭に飾られています。それが池田さんの『作品の価値』なのです。実際に、池田さんは『広く持っていただきたい』と言って価格を上げようとしなかったようです。一般的に作品価値があがることが、作家の価値だと思われているけど、そうではないこともあるんだと伝えたくて、のんびりで特集を組み、展覧会を編集し、作品集を出版しました。」
奥村「反省します。自分も簡単に○○億だ、貴重だとかで、作品を語ってしまいます……」

作品とエピソードは不可分

藤本「町役場の広報の表紙に、池田さんの版画が使われたことがあるんですが(※4)、その際、修三さんの絵に今川洋さんという詩人の詩が毎回よせられていました。あるとき今川さんが、その版画と詩を一冊にまとめて自費出版することになったときに、デザインの都合で『作品を反転させて、人物の向きを変えたい』といわれたそうです。」
奥村「いや、それはダメでしょう。」
藤本「ところが修三さんの答えは、『いいですよ』だったそうです。池田さんのおおらかさが感じられるエピソードですよね。」
奥村「素敵なエピソードですね。」
藤本「こういった修三さんご自身に関するエピソードもそうなんですが、それ以上に作品をお持ちの方のエピソードがたくさんあるんです。最初に池田修三さんのを取り上げることになった『のんびり』の特集の締めに、僕はこんな提案を書きました。①池田さんの作品は自分で購入するのではなく、贈られることに意味がある、②作品の価値は作品だけでなく、そこに生まれるエピソードにある、③だから、あまりに高い池田作品が現れても買わない方がいい、と。」
奥村「その提案は美術教育の示唆になります。子どもの作品づくりだけが目指されて、作品が生まれるプロセスや、作品が生み出すエピソードには、大人も先生も無頓着であることが多いのです。作品のエピソードも大事にしていきたいですね。」

 作家の作品も、子どもたちの作品も、社会の中で生きてこそ作品なのでしょう。それぞれの地域や学校にエピソードがあり、それが子どもたちの美術や作品を成立させていることを私たちは忘れがちです。美術で育てたい力は何か、美術と社会はどのような関係にあるのか、自戒をこめてもう一度考え直してみたいと思います。藤本さんのインタビューは、インタビューをする側が、自分の浅はかさを恥じることを感じさせるような深さのある時間でした。ありがとうございます。

※1:有限会社りす代表取締役/編集者 藤本智士。1974年生。兵庫県出身。雑誌Re:S[りす]編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長。著書「魔法をかける編集」インプレス、「風と土の秋田」「ほんとうの日本に出会う旅」リトルモアほか、手掛けた書籍多数。
※2:秋田からニッポンのびじょんを考えるフリーマガジン『のんびり』。
詳しくはhttp://non-biri.net/about/index.html
※3:池田 修三(いけだ しゅうぞう、1922- 2004年)。秋田県象潟町生まれ。版画家。子どもをテーマとした多色刷りの木版画が多い。1980年代に秋田相互銀行やNTT、日本生命などの企業のカレンダーなどに作品が使用されている。2012年に秋田県発行のフリーマガジン「のんびり」第3号で特集を組まれたことをきっかけに再評価が進み、作品集の出版などが行われた。
※4:象潟町役場の広報「きさかた」昭和60年4月から2年間用いられた。