学び!と美術
学び!と美術

『13歳からのアート思考(※1) 』という本が17万部のベストセラーとなりました。内容はまさに美術の授業!美術教育の本がベストセラーになるというは初めてのことでしょう。今回、著者の末永先生をお招きして、その背景やテーマなどいろいろなお話をお伺いしたいと思います。
美術の授業から生まれた本
動画やWebという方法を選ばなかったのは、本は読者のペースで考えながら読むことができますし、一連のまとまりをもったものからです。授業って、一方向的に視聴させたり、一部分だけ切り取ったりしても伝わらないですよね。読者が主体になって考えたり、前後の流れが全部あってこその授業と思ったので、まとまった授業の内容を伝えるには本が一番いいんじゃないかと。そうしてまとめた本を、たまたま夫が仕事でつながりのあった方に渡して、そこからどんどん縁がつながり、出版することになりました。
ちょっとWebを引けば分かりますが、19世紀まではダ・ヴィンチよりもラファエロの方が評価は高かったそうです。しかし1911年、『モナ・リザ』がルーブルから盗まれてしまいます。盗難後、『モナ・リザ』のあった場所だけぽつんと空いている写真を見ると、『モナ・リザ』はあくまでも多くの絵の一枚に過ぎなかったことが分かります(※3)。ですが『モナ・リザ』は盗難にも遭いましたし、アメリカに持って行ったときに700億円ぐらいの保険がかけられるなど、その後も様々な縁があって最高の名画になっていきます。
美術そのものが縁起、そして美術の授業も縁起、そこからの出版も縁起ってなかなか素敵な話ですね。その後もいろいろな縁が広がったのではないですか?
アートと子ども
そのひとつが、ピカソの「子供はみんなアーティストだ」という有名な言葉です。多くの人は、子どもが思い切り描いた絵を、私たちのものの見方で「アーティスティックだ!」ととらえる、そのような意味で納得していると思うんですが、決してそうではないですよね。
子どもは自分なりのものの見方で世界を観ている。そこから活動が生まれていくというか、模索をしている。それは、ピカソはじめ20世紀のアーティストたちが試みてきたことでもあります。自分なりの見方で世界を見て、自分なりの答えをつくっていく……それを子どもは自然にできているんだという気付きがピカソの中にあって、「子供はみんなアーティストだ」と発したのでしょう。
例えば、つい最近の話なんですけど、娘がブロックで遊んでいたんですね。ブロックで滑り台をつくって、最初は小さい人形をシューッと滑らせて遊んでいたんです。そして、しばらくしたら娘自身がシューッと言いながら滑り始めたんです。娘のつくった滑り台は小さいですし、見た目も滑り台の要素はないんですけど、娘はトコトコと登って何度もシューッと滑るんです。それは、誰かに見せる演技ではありません。娘の見ている世界の中には、今、滑り台があって、それを滑っているんだなあと思いました。
何かの対象をきっかけに心に浮かんだものを見ているというか、「見る」って広い意味をもっているなと思いました。もちろん娘の世界を100%理解できているわけではありませんが、娘になったつもりになって世界をとらえなおしてみると、もうひとつの全く違う縁が生まれるというか、パラレルワールドのように同じ世界が何層にも広がっていく感覚がありました。
それは、私自身が20世紀のアートにすごく興味をもったことと同じなんですね。「アーティストたちは何を模索していたのか」ということを学んでいくうちに、目の前に見えている世界が「これって絶対じゃないのでは?」とか、ものの見方が広がったような感覚があって、そこですごくアートって面白いと思ったんです。
そのときに近い感覚を、今、我が子も含めて子どもたちと出会う中で感じています。ですから、アートと子どもの世界は近いんじゃないかなと考えています。
末永先生は本書の中で、モネの睡蓮を見て「カエルがいる」と発言した大原美術館の有名な事例を紹介されていますが、私も西洋美術館で睡蓮を前にギャラリートークした際、「風が吹いている」「水面の中に地球がある」と言う子どもたちに出会ったことがあります。画面には水面だけが描かれていますが、画面の奥や手前にはたくさん世界があって、子どもたちはそこを見て話すんですね。子どもは、作品からいろんなものが見えるというか、世界に入り込むというか、それがピカソの言ったアートという意味なのかもしれません。アートと子どもは、世界との出会いという深いところでつながっているのでしょうね。決して目前の作品だけではないと思います。
武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。
東京学芸大学個人研究員、九州大学大学院芸術工学府講師、浦和大学こども学部講師。
「絵を上手に描く」「美術史を丸暗記する」といった従来の美術の授業に疑問を感じ、アートを通して、自分なりのものの見方で「自分だけの答え」をつくることに力点を置いた探究型の授業を中学校や高等学校で実践してきた経験を持つ。
現在は、全国の教育機関や企業等で、年間100回を超えるワークショップや講演を行う。
日経STEAMアドバイザー、Eテレ「ノージーのレッツ!ひらめき工房」監修、ニュース共有サービス「NewsPicks」プロピッカーなど兼任。様々な企業や団体とアートや教育に関する事業共創に力を注いでいる。
著書に18万部を超えるベストセラーとなった『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)、動画コンテンツに『大人こそ受けたい「アート思考」の授業 ─瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨く─』(Udemy)などがある。
※1:末永 幸歩 『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考 』ダイヤモンド社(2020)
※2:奥村高明・有元典文・阿部慶賀編著「コミュニティ・オブ・クリエイティビティ ひらめきの生まれるところ」日本文教出版(2022)p.224
※3:ウィキペディア「モナ・リザ」(2022)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B6