学び!と美術

学び!と美術

教科書づくりで受け継がれてきた「思い」 ~過去の教科書を振り返って~
2025.01.10
学び!と美術 <Vol.149>
教科書づくりで受け継がれてきた「思い」 ~過去の教科書を振り返って~
小学校図画工作科編集部(「学び!と美術」担当)

今回は、日本文教出版の70年以上にわたる図画工作科教科書の歴史を振り返ります。変わったこと、変わらないこと、そして、これからの教科書づくりで大切にしたいことを考えます。

◎話す人

  • K(図画工作科教科書の元編集担当)
  • N(図画工作科教科書の編集担当)
  • U(「学び!と美術」Vol.149担当)

表紙で伝えたかったこと

U:初めに、歴代教科書の表紙を見ながらお話ししたいと思っています。初期の教科書は現在のA4判とは判型も異なり、児童作品の扱い方も違っていますね。昭和38年度版は、シンプルでおしゃれな印象です。

昭和38年度版教科書。上下巻に分かれず、学年ごとだった。

K:児童作品を切り抜いてデザインしていますね。2年生は1年生より色を使っているとか、3年生のモチーフは身近なものから外に向かっているなとか、5年生は工場だから社会とのつながりですね。学年が上がるにつれて、子どもの興味関心の対象が広がっていくことを意識してモチーフを選んでいることが感じられます。
N:そもそも横長だったんですね。自分が子どものころに使っていたものや、入社したときにはすでに縦長でしたので、初めて見たときには驚きました。サイズも小さいですし。
U:初期はA5判でした。A5判からB5判(昭和55年度版)になって、A4判変型(平成23年度版)を経てA4判(令和2年度版)になっています。

判型のうつり変わり(昭和38年度版、昭和55年度版、平成23年度版、令和2年度版)。

K:昭和48年度版では、写真を複数ならべています。

昭和48年度版教科書(1・3・5年)。

N:作家作品も、けっこう載せていますね。
K:5年生、6年生はそうですね。作家作品の鑑賞。日本美術、西洋美術があって……。
N:あとは身の回りのものとか、お花、動物、昆虫……。
U:それと、子どもの作品。
K:子どもの作品と作家作品の割合は、学年によってかなり変えている。教科書の中で取り上げている要素からピックアップして見せているんでしょうね。平成8年度版の表紙は、全体の流れの中で印象が違いますよね。コンセプトが「子どもの造形宇宙」だから。
N:子どもの造形宇宙って、どんなイメージですか?
K:一人の子どもが、いろいろなものを発想するよねってことを表したかったんです。

平成8年度版教科書(1・3・5年)。

プロセスの重要性を伝える情景写真

U:いろいろな発想を大切にする題材を扱っていたということでしょうか。
K:そういう見せ方にしたということかな。例えば、この立体のページと工作のページは、どちらも教科書の題材を考えるときに大切にしていたキーワードである「材・行・想(材料・行為・想像)」の行為からの活動です。立体の「のせて みると」という題材は、最初に何をつくるか考えるのではなく、粘土をたたいたり丸めたりという行為をした上で何を発想できるかという流れになっています。工作の「おと みつけ、おと づくり」も同じで、さまざまな材料で音を出し、何を発想するか。プロセスの中で子どもがどういう発想をして、表現していくかが大事ということを見せたかったんです。
N:今は「図工は過程に学びがある」というのは共通理解されていますが、当時はどうだったのですか。
K:まだまだ作品主義が強い時代でしたね。プロセスの重要性を伝えるために必要だったのが、「情景写真(=子どもの活動風景の写真)」です。今だったら、こんなふうに教科書に情景写真が載っているのは当たり前だと思いますが、当時は「分からない」と言われることもありました。
N:当時はそれぐらい、新しい見せ方だったってことですよね。
K:「なんでこの写真がいるの?」「これより児童作品なんじゃないの?」って。多くの人に言われました。
N:でも一方で、「これが大事」という先生もいらっしゃったということですよね。
K:「この場面がないと、この題材をやる意味がない」と強くおっしゃって、ここには絶対に情景写真が必要だと考える先生もいらっしゃいました。でも、情景写真の意味がうまく伝わらない。
U:それでも、このあと、だんだん情景写真が増えているのは、どうしてでしょうか。
K:情景写真で子どもの姿を見せること自体を否定されたわけではないということでしょうね。これよりも前、昭和50年代に「造形遊び」が入ってきたことで、子どもたちの活動情景を載せることに違和感がなくなったというのはあるかなと思います。その傾向があって、さらに子どもが行っている活動の価値を伝えるために、子どもがどういう活動をしているのかが分かる写真を載せたわけです。そこから増えたのかなという気はしますね。
N:平成8年度版って、転機の改訂なんですね。

「造形遊び」をどう位置づけるか

N:造形遊びへの思い入れというのは、日文の図工の教科書でずっと強くありますよね。
K:日文としては、図工の領域・分野としての「造形遊び」の誕生にかかわった先生方を著者に迎えて、「造形遊びとは?」というところから何度も議論を重ねながら教科書をつくってきました。もともとなかった分野なので、学習指導要領で示された当初は分かりにくい部分もありました。例えば木片の大小を考えながら並べていく、並べながら、ああしたい、こうしたいと発展させていく……というのなら分かる。でも、この活動(共同でかいている様子=平成元年度版教科書)の意味やねらいを理解するのが難しい。
N:子どもたちがみんなで、地面にチョークでクジラをかいていますね。
K:そう。「これは絵のページじゃないの?」ってなりませんか。
N:確かに、一見すると絵に表す活動のように捉えられそうです。
U:目次を見ると、これは造形遊びと絵の両方の題材になっているんです。今では考えられないのですが、平成元年度版では、「造形遊びと絵」、「造形遊びと工作」が一つの題材の中に混ざっているような状態でした。
K:このころって、移行期……「造形遊び」をどう扱うのかを、著者の間でも何度も議論しました。造形遊びは最初、「造形的な遊び」といわれて、子どもの自然発生的な遊びの中から出てくるような造形活動として出てきた。それを教科書の中で位置づけようとすると、教科の体系から考えたときにうまくいかない。だから絵や工作につながる造形遊びならいいだろうと、教科書の中では複合的な扱いにしたということです。
N:例えば「立体」の題材でも、針金を手で曲げたりねじったりしながら考える……というように、造形遊び的な要素が含まれますもんね。こういう見せ方をしていた時代もあったんですね。

子どもの「思い」を大切にしていく

N:Kさんが編集担当をしていた頃の先生方は、図工の教科書づくりでどんなことを大切にされていましたか。
K:子どもの「思い」を大切にしていくと。それは強く言っていたかな。
N:今も大切にしていることですね。そのころから言われはじめたんでしょうか。
K:うーん。ずっと前から意識としてはあったけど、ようやく言語化されたということだと思います。例えばこの作品(お風呂で子どもが父親の背中を流している様子=昭和61年度版教科書)なんかは……。
N:いい絵ですね。
K:いい絵だと思うよね。それはやっぱり子どもの思いがあるから。
N:ああ、そうですね。お父さんが好きなんだろうな。
K:「楽しいとか嬉しいとかが、よく表されている絵だよね」とか。そういう会話というのは、いつの時代も当たり前のようにあるわけです。
N:会話というのは、先生との間や編集者どうしで、ということですね。
K:そう。たくさんの作品の中から選んでいく中で「これ、いい絵だよね」という話は出てきますよね。そういう時間は、著者と編集者の間でいつも共有していました。
U:先生方と編集者が「いい絵だ」と思う作品は共通していたということでしょうか。
K:そうですね。
U:ということは、みんなに「思い」が伝わってきたということなんですよね。
N:だから今、Kさんは私に「やっぱりいい絵だと思うよね」って、聞いたんですね。
K:そう、そう。
N:確かに、昔の子どもたちだし、選んでいる人も違うのに、教科書の、どの作品を見ても「いいな」「好きだな」と感じます。自分とは違う時代を生きていた子どもたちや先生と「思い」がつながったみたいに感じられて、うれしいです。
K:そのへんがもしかしたら、続いてきていることなのかもしれないね。著者の絵のみかた、会議のときに話されていたことは、僕の中にもあるし、それを引き継いだ著者の先生方がいて。そこから新陳代謝があって、編集メンバーは新しくなっていくけれども、しっかりと引き継がれているところはあるかなと思います。
N:関わってくださった先生方、編集部もそうですけども、脈々とこう。教科書づくりの過程で、実際に子どもの作品を目の前にしてたくさん話し合っていたから、それこそ「思い」が引き継がれたんだろうなと思います。

子どもの話が聞こえてくる作品

N:Kさんから見て、先生方が選ばれているいい作品の共通する点、方向性みたいなものって、ありましたか。
K:子どもがお話ししたいことがいっぱいあるんじゃないかな、と思える絵かな。
N:お話ししたいことがいっぱいありそうな絵、ありますよね(笑)。
K:ありますね(笑)。
N:以前、ある著者の先生が「子どもがいっぱいしゃべっている絵がいい絵です。けれど先生の声ばかりが聞こえてくる絵を見かけることがあります」という表現をされていたんです。子どもの「思い」を見取る大切さは、著者の先生どうしでも受け継がれたんだろうなと思いました。そうやって図工の世界ができているなと感じます。
K:言葉にすると、抽象的な「子どもの話がいっぱい聞こえてくる」というような表現にしかならない。私も最初からたくさんのお話が聞こえてきたわけではなくて、教科書編集にかかわる中でたくさんの子どもの作品に出会ううちに、だんだん聞こえるようになってきたんだと感じます。だから、子どもと接している人だったら分かるんじゃないかと、僕は期待しているんです。やっぱり作品の奥には子どもがいるので、作品を通して子どもを見ることができれば、図工の授業はもっと楽しくて素敵な時間になっていくんじゃないかと思います。