学び!とESD

2026.08.17 <Vol.80>

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その7) 「ウェルビーイング」

永田 佳之(ながた・よしゆき)

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その7) 「ウェルビーイング」

健康とは、単に病気でないとか虚弱でないということではなく、
身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態である。
“Health is a state of complete physical,
mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”

世界保健機関(WHO)憲章(1948)

図1 図2
出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

教育の目的として語られないウェルビーイング

 今回のテーマは「ウェルビーイング」です。「幸福」と訳されることもありますが、「よく生きること」「人生が充実していること」を意味する、含蓄に富む言葉です。冒頭に引いた世界保健機関(WHO)の憲章に示されているように、個人の心身の健康を超えて社会との良好な関係性にも価値が置かれる概念です。最近はあえて訳出せずに、カタカナで使われる傾向にあるようです。
 「子どもには幸せになってほしい」……こうした思いを多くの大人が抱きます。まして「わが子」となると、その思いはなおさら強くなるのが自然でしょう。しかし、幸福が教育の目的として語られることは決して多くありません。なぜでしょうか。皮肉なことに、家庭でも学校や大学でも、やれ受験だの、やれ就職だの、目の前の利得ばかりに気を取られて、生涯を通して幸せでいられる基盤を育むことが疎かにされているといえるのではないでしょうか。親などからの個人的な期待のみならず、国家や市場からもさまざまな期待を担う教育は一筋縄ではいかない代物なのかもしれません。
 こうした課題を考えると、14の原則の1つにウェルビーイングを位置づけたユネスコ教育勧告の意義は小さくありません。私たちはそもそもなぜ教育に従事しているのか……今回のキーワードは、先生をはじめとした教育者が次世代と接するうえで迷った際に、立ち戻るべき原点の1つであるといえましょう。

「3つの問い」への応答

 このカードにも3つの問いが添えられています。

暮らしや仕事場であなたが幸せを感じる時は、どういう時ですか?
国内外で日々、不安を感じたり、生存を脅かされたりしている大人や子どもを知っていますか?その人たちの力になるために、私たちは何ができますか?
学びにかかわる人みんなが心も身体も、そして社会的にも健やかであるためには、何から変えていったらよいのでしょうか?

 このカードも、身近な日常から考え始めて、徐々により広い世界へと、また個人的な変容から社会的な変容へと思考を広げていく構成になっています。
 実際のワークショップでは、①について週末に音楽を聴いているときや親しい友達とランチを食べているときなど、些細かもしれないけれど大切な日常の場面が挙げられていました。
 ②については、当初、海外の戦地や紛争地の子どもへの想像力を働かせてほしいという教材制作者の思いがあったのですが、検討の末、国内の貧困等の現実も想定して「国内外」という記載になり、「何ができますか?」という行動についての問いも含められました。ワークショップでは、子ども食堂に通う子どもたちから紛争地の若者まで挙げられ、行動としてはNPOや国際援助機関への寄付のほか、そうした問題を家族や友人との会話で話題にしたり、SNSで発信したりすることで無関心のまん延を防ぐ一助となることなどが挙げられていました。
 ③は、教師のみならず、学びにかかわる地域やフリースクール等のNPOで働くスタッフの心身の健康や社会的なつながりについての質問ですが、大事なのは、何から変えていくのがよいかという第1歩について尋ねているところです。おいしいランチをゆっくりとみなで食べることができる習慣づくりから、そうした時間を可能にする制度上の工夫に至るまで、本シリーズの「その4」(「学び!とESD」Vol.75 参照)につながるさまざまな回答がありました。

地球のウェルビーイングがあっての私たちのウェルビーイング

 幸福度に関する国際比較調査では、日本は先進国の中で最下位クラスに位置します。経済的にはトップクラスにあり、治安や健康などの基盤条件は良好であるにもかかわらず、幸福度ランキングでは中位にとどまり、G7諸国の中では低い水準です。つまり、物質的には恵まれているにもかかわらず、内面的・関係的な側面が満たされていない国であるといえるでしょう(参考文献1.参照)。気がかりなのは、この傾向は日本の子ども・若者にも見られるということです。ユニセフが世界43カ国の子どもたちの幸福度を調べた調査では、日本の子ども・若者の身体的健康は1位である一方、精神的幸福度は32位という低い水準でした(参考文献2.参照)。
 こうした傾向は日本の教師にも該当することは近年のデータが物語っているところですが(参考文献3.参照) 、それだけに14の原則の1つにウェルビーイングを位置づけたユネスコ教育勧告の重要性は強調されてしかるべきでしょう。教師を対象にしたこのカード型教材のワークショップでよく聞くのは「そもそも何のために教師になったのか、という教員人生の原点に立ち戻らせてくれる教材ですね」という感想です。忙殺される日々を送る中、つい忘れてしまいがちな「原点」を再確認することは教師のエンパワメントにつながり、生徒のウェルビーイングにも好影響をもたらすことになるでしょう。

「ウェルビーイング」
イラスト解説

野に咲く花を手にした時、
心の中に生まれる
あたたかく柔らかい何か。

エッセンスの中の
「健やかに」という言葉から、
一輪の花を持つ手のイメージが
浮かびました。
生命(いのち)との触れ合いを
感じるからかもしれません。

ここに描いた花はデイジー。
花言葉の一つは「平和」です。

©Kei Ikeda

【参考文献】

  1. ウェルビーイング学会 World Happiness Report Japan Edition 製作委員会(2026)『日本版ワールドハピネスレポート2026』
    https://society-of-wellbeing.jp/wp/wp-content/uploads/2026/03/WHR2026JapanEdition.pdf
  2. UNICEF Innocenti(2025)Child Well-Being in an Unpredictable World – Innocenti Report Card 19.
    https://www.unicef.org/innocenti/media/11111/file/UNICEF-Innocenti-Report-Card-19-Child-Wellbeing-Unpredictable-World-2025.pdf
  3. 「OECD国際教員指導環境調査(TALIS)」
    https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/talis/index.html?utm_source=chatgpt.com
  4. 「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」
    https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/about/projects/edu/education-2040/concept-notes/OECD_LEARNING_COMPASS_2030_Concept_note_Japanese.pdf
  5. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/
  6. 山田幸子監修(2015)『四季の花便利帳』主婦の友社 P43(イラスト関連の参考文献)