学び!とESD
2026.10.15 <Vol.82>
「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その9) 「ナレッジ・コクリエーション」
「知識は、頭の中にあるものではなく、人と人とのあいだで生まれる。」
(作者不詳)
不確実性の時代における知の構築
今回のテーマは「ナレッジ・コクリエーション」。邦訳は「知識の共同創造」もしくは「知の共同創造」です。カードの裏面にある原文(英語)では、“co-create knowledge” と書かれていますが、ユネスコの文書には “co-creation of knowledge” または “knowledge co-creation” という名詞句が使われています。
教室という空間で、知っている先生が知らない生徒に教えるのが授業の伝統的な光景でした。ところが、予測困難な時代になり、「知識は与えられるものではなく、みんなで創り出すもの」とカードの導入文に記されているように、一問一答のようなテストで試される学習ではなく、正答のない問いを前に先生と生徒が一緒に探究する―そんなプロセスが授業でも求められるようになりました。
もちろん、これまでの授業でもおのおのの生徒が答えを考え、クラスの中で共有し、自分の答えとクラスメートの答えを考え合わせていくという授業光景は見られました。しかし、正答は初めから決まっていて、先生がそれを携えて展開する授業が少なくなかったのではないでしょうか。不確実性の時代といわれる昨今、そのような知識共有からさらに一歩踏み込んで、クラスの誰もが探究し、対話を通して新たな知が紡がれていく―こうした共同創造を通して次世代が予測困難な時代に備えることができるようにすることの意義が強調されています。
もし教科書がなかったら…
このカードにも3つの問いが添えられています。
①学びの場で、大人も子どももみんなで考えてひとつのものを創り出したり、知恵を絞って困難を乗り越えたりした経験はありますか?
②学びの場で誰も取り残されずにすべての子どもたちが共に知識の創り手になるには、どうすればよいのでしょうか?
③もし、学校に決められた教科書がなかったとしたら、どんな学びが創り出せると思いますか?
この教材を用いて実施したワークショップでは、どのような回答が共有されたでしょう。①については、食品ロスの問題に取り組む保護者を中心に家庭や学校での食べ残しを減らす取り組みなどが挙げられました。成果は挙げられなかったものの、商店街の食品ロス問題の深刻さに気づき、商店街と学校で同時に「フードロス削減週間」を実現させたなどの経験が語られていました。
②は現代の日本社会を想定してつくられた問いです。社会の格差が広がったとしても、公教育の使命として、知を創造していく営みに参加できない子どもを生み出してはならないはずです。ワークショップに参加していた先生方は、外国にルーツをもつ子どもや障害のある子どもなど、少数派の子どもたちも一緒に取り組んだプロジェクトを終えたときの達成感などを分かち合っていました。
③は、42の問いの中でも最もチャレンジングな問いのひとつです。普段、教科書にはない知識を得てほしいと考えている教師でも、いざ教科書がない事態を想定してみると、困惑してしまうようです。ワークショップではフィールドワークや旅をしながらの学びなどが挙げられていましたが、体験的な学びを経ても、個々の体験をいかに体系的に再構築していくのかは手強い課題であることに気づかされる質問であったようです。
知識共有と知識創造
冒頭で触れたとおり、予測困難な時代に求められているのは、知識共有(knowledge sharing)よりも知識の共同創造(knowledge co-creation)です。知識共有が、Aさんがもっている知識をBさんに伝えるモデルであるのに対して、知識の共同創造は、AさんとBさんが相互に交流することで、AさんにもBさんにもなかった知識や意味が生まれ、解決策がもたらされるモデルです。特に「良質な問い」が軸に据えられている場合は、知識や真理を探究する3人以上の人々による学びの共同体が生まれることがあります。
これはイノベーションが生まれる過程にも似ています。知識の共同創造は、教室の中という同質性の高い集団の中で行うよりも、異質なもの同士の集団や「よそ者」が混ざっている集団において起こりうる場合が多いといえましょう。一例ですが、リサイクルに関する問題解決学習やプロジェクト学習の事例があります。高校生が地元のお年寄りにインタビューする中で、限られた資源の中で暮らす、昔の節度ある生活とリデュースの大切さに気付き、リサイクル以外の解決策を探究していくという学びのプロセスが具体例として挙げられます。教室での学習で当然視されていたリサイクルが、異質な他者の常識に触れることによって当たり前でなくなり、新たな知の構築へと結びついていったのです。
鍵を握る「良質な問い」
前述のとおり、知識の共同創造の特徴は、教師も含めて誰も答えをもっていないということです。たしかに正答のない問いの提示は重要なのですが、学びが深化していくには、「良質な問い」とそれにふさわしい問い方が求められます。闇雲に問いを立てればよいというわけではなく、深い思考へといざなうような問いを立てることが望ましい、といえましょう。
この点、イギリスのESDの優良実践校での「ハーモニーの教育」から筆者が学んだ、良質な問いをつくるヒントの一覧が参考になるかもしれません(表1)。
表1 「良質な問い」の特徴と例
出典:『ハーモニーの教育』(参考文献1)p.166をもとに筆者作成
絵:アテネの学堂(ラファエロ・サンティ作)
画像提供:サイネットフォト
ここまで述べてきたように、ESDでは、正答のない問いを軸に学びのコミュニティが形成されることが求められています。それはルネッサンスの画家、ラファエロ・サンティの描いた『アテネの学堂』を彷彿とさせるコミュニティに近いのかもしれません。異なる考えをもつ者どうしが問いを投げかけたり、互いの考えに耳を傾けたり、自己との対話を通して新たな知を生み出したりして、知識共有を超えた知の共同創造が実現している瞬間を切り取ったかのような一枚の絵画です。教室での学びは『アテネの学堂』の方へ、一歩でも近づくことはできるのでしょうか。
【参考文献】
- リチャード・ダン(2020)(永田佳之監修・監訳)『ハーモニーの教育:ポスト・コロナ時代における世界の新たな見方と学び方』山川出版社
- 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所
https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/


