学び!と共生社会
2026.07.29 <Vol.78>
新学習指導要領と「社会モデル」
1.はじめに
この数回、共生社会への対応という観点から新学習指導要領の改訂に関連する中央教育審議会における議論について取り上げてきました。文部科学省では、次期学習指導要領に向けた基本的な考え方の一つとして「多様性の包摂」を掲げています(*1)。
5月28日の中央教育審議会教育課程部会特別支援教育ワーキンググループの第9回会合で示された議論のまとめの骨子案では、次期学習指導要領の改訂に向けた基本的な考え方の一つとして、障害や困難について、それらを個人の問題とするのではなく、社会側の障壁によるものとする「社会モデル」の視点を基本的な考え方としていく方向が示されました。
国連の障害者権利条約では、すべての子どもが排除されることなく、教育環境や社会構造のバリアフリー化を進めることを求められており、ようやくともいえますが、新学習指導要領改訂の大きな方向性の一つとして多様性の包摂が掲げられたことは大きな意味があるといえます。配慮が必要な子どもや外国籍の子どもなどを含めてさまざまな背景を持つ子どもたちたちを誰一人取り残すことなく、それぞれの特性に対応した環境を整備するという観点から「社会モデル」の考え方は非常に重要になってきます。新学習指導要領の柱の一つにこの考え方が掲げられたことは大きな意味を持っているといえます。
そこで、今回はこの「社会モデル」への対応について取り上げることにしました。
学習指導要領改訂の大きな方向性とは?出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20260202-mxt-kyoiku-000047088_11.pdf)
2.「社会モデル」について
かつては、「障害」は身体機能の低下という個人の側に原因が所在するととらえられていました。このとらえ方は「医学モデル」といわれることもあります。それに対して、「社会モデル」の考え方では、「障害」は社会の環境や制度がつくり出す「障壁(バリア)」の存在によって生み出されるととらえます。障害者権利条約では、「社会モデル」が条約の根底を成す基本理念として位置づけられています。この障害の「社会モデル」の考え方は、1980年代にイギリスの障害者権利運動の中から生まれ、概念化されました。
「社会モデル」では、治療や訓練で社会に適応することを個人に求めて対処することを第一義とするのではなく、社会の環境や制度を変革して障壁(バリア)を取り除くことに注力することが重視されることになります。こうした考え方が学習指導要領の柱として明確に位置付けられたことは、インクルーシブ教育の推進が名実ともに明確にされたといえます。
3.新学習指導要領での「社会モデル」の考え方の導入
(1)特別支援教育ワーキンググループで示された改訂の基本的考え方と「社会モデル」
2026年(令和8年)5月28日の第9回特別支援教育ワーキンググループで示された資料には、特別支援教育の意義と現状を整理したうえで、今回の改訂における基本的な考え方として次のような記述が認められます(*2)。これまで「社会モデル」の考え方は「自立活動」の分野に限られていましたが、教育課程全般に取り入れられたということになります。
次期学習指導要領等においても、インクルーシブ教育システムの理念を構築することを旨として、障害のある子供たち一人一人の教育的ニーズに応じた適切な指導や必要な支援について更なる取組の深化を図ることで、障害のある子供たちの「深い学び」を確かなものとし、障害のある子供たちを包摂する柔軟な教育課程を推進することが必要である。その際には、学校現場の持続可能な在り方を追求し、実現可能性を確保した方策とすることが重要である。
●その際、障害者基本法及び「障害者差別解消法」(※1)においては、障害者について、「社会モデル」(※2)の考え方も踏まえた捉え方がされており、心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限をうける状態にあるものとされている。この考え方は、世界保健機関(WHO)による「国際生活機能分類(ICF)」の整理を踏まえ、障害の状態を「医学モデル」(※3)と「社会モデル」の両者を統合して障害を把握するものであり、これからの特別支援教育においては、このICFの視点を踏まえ、「社会モデル」の考え方も取り入れた取組の充実が必要である。
特別支援教育をめぐる現状と改訂における基本的考え方出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20260528-mxt_tokubetu01-000050228_003.pdf)
(2)教職課程部会で示された「障害の社会モデル」への対応
さらに、2月19日に開催された教職課程・免許・大学院課程ワーキンググループ 特別支援教育作業部会(第2回)では、「障害の社会モデル」について学ぶことを必修とした教職課程改革案が示されました(*3)。幼稚園から高校までの全学生を対象に、発達障害教育や「障害の社会モデル」を共通必修とし、合理的配慮や環境整備を重視する。これまで1単位以上の理解が求められていた特別支援教育を強化し、特別支援学校では医療ケアや実践演習も増やすという内容です。
また、中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会教職課程・免許・大学院課程ワーキンググループ特別支援教育作業部会も、計3回の審議を経て、2026年4月22日に「特別支援学校教諭の免許制度や教職課程、幼・小・中・高の教職課程における特別支援教育の在り方に係る方向性」を公表しています(*4)。
そこでは、教職課程で学ぶ内容として<共通に学ぶべき内容の充実>に加えて、<基礎免許状の強み専門性として学ぶ内容>が示されています。インクルーシブ教育は根本的には通常の教育の変革を求めるものです。幼・小・中・高の教職課程において、特別支援教育について共通で学ぶ内容を質的・量的に更に充実していく方向性が示されたことは、その方向に一歩前進したものとして受けとめられます。
具体的な記述内容は以下のとおりです。
●教職課程・免許・大学院課程WG中間まとめにおいては、幼・小・中・高の教職課程において共通で学ぶべき内容を再構造化・体系化する方向性の中で、共通に学ぶべき事項として、現行制度において1単位以上必修としている「特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒に対する理解」を引き続き含めるとともに、「教育における多様性の包摂」を加える、といった方向性を提示している。
●全ての通常の学級に特別な教育的支援を必要とする子供が在籍している可能性があり、通級による指導を受ける子供、特別支援学級に在籍している子供の人数も増加していることを踏まえると、幼・小・中・高の教職課程において、特別支援教育について共通で学ぶ内容を質的・量的に更に充実していくことが必要。
●そのため、事項名について、教職課程を履修する全ての学生に対し、合理的配慮の提供や基礎的環境整備などに対する理解がこれまで以上に進むような名称としてはどうか<基礎免許状の強み専門性として学ぶ内容>
●幼・小・中・高の教職課程において、大学と学生の自律的なカリキュラムデザインによる強み専門性として特別支援教育について学修することも想定される。とりわけ、将来的に通級による指導や特別支援学級の担当を希望する学生を念頭に置いて、共通で学ぶ内容に加えて、以下のような専門性を身に付けることが想定されるのではないか。
✓ 発達障害、情緒障害、言語障害といった、通級による指導や特別支援学級において対象となる障害種についての更なる専門性
✓ 視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱といった特別支援学校の対象となっている障害種に関する専門性
✓ 福祉分野、保健分野、心理分野など特別な支援を要する子供たちに関わる分野の専門性
✓ 幼・小・中・高の学習集団の特徴を踏まえた特別な支援を必要とする子供たちへの指導の考え方
✓ 家庭や関係機関との連携を通じた就学前から卒業後までの切れ目のない支援に関する理解●また、特別支援学校教諭免許状取得に係る教職課程の科目の履修等をもって、強み専門性とすることが考えられる。
●現行のコアカリキュラムで示している内容に加えて、以下のような内容を共通に学ぶべき事項とすべきではないか。・現行のコアカリキュラムで示している内容に加えて、以下のような内容を共通に学ぶべき事項とすべきではないか。
・情緒障害や言語障害に関する教育に関する事項
・インクルーシブ教育システムの構築に向け、ICF(国際生活機能分類)の考え方も踏まえ、障害の社会モデルや合理的配慮の提供、基礎的環境整備に対する理解や、「重層的な指導・支援」の考え方を踏まえた授業づくり、学級・集団づくりや困難さの状態に対する指導上の工夫の在り方、自立活動の理解、交流及び共同学習の理解
・特別支援学校のセンター的機能の活用や医療・福祉など関係機関との連携など
●他方、従来、「障害はないが特別の教育的ニーズのある幼児、児童及び生徒の把握や支援」として取り扱ってきた内容については、新たに加える「教育における多様性の包摂」の中で取り扱うこととしてはどうか
幼・小・中・高等学校の教職課程における特別支援教育に係る方向性出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20260420-mxt_tokubetu01-000049269_001.pdf)
4.「社会モデル」の導入の課題
学習指導要領や教職課程に「障害の社会モデル」を取り入れることは、「インクルーシブ教育」の推進という観点からは当然のことであり、そうした方向が示されるに至ったことは大いに評価されます。他方、「社会モデル」の考え方を示すだけで、具体的な物的・人的基盤整備が伴わなければ、教員の「意識改革」や「負担」だけが過剰に求められることになりかねません。学校現場の力だけでそれを実現するのは不可能であるともいえます。
とくに今回の「社会モデル」の導入の背景としては、特別支援対象の児童生徒が増大の一途にあるという状況があります。直近の動向を図に示しましたが、全体の在籍児童生徒数が減少する中で、特別支援教育対象の児童生徒の比率が増え続けていることがわかります(*4)。
現状では、通常学級が多様な子どもたちを包摂することが困難であり、結果として特別支援教育の場が『受け皿』となって在籍者が増大してしまっているという側面もあります。
こうした点からも「社会モデル」の考え方を導入するにあたっては、現状の過密なカリキュラム、マンパワー不足、不十分な施設設備の「基礎的環境整備」についても具体的な方策が示される必要があるように思われます。さらには保護者などへの積極的な理解啓発も求められていくことになります。これらの点については今後の動向に期待するとともに、見守っていく必要があります。
5.まとめ
次期学習指導要領の方向性の一つに「多様性の包摂」が掲げられており、学校教育全般にわたって「障害の社会モデル」を基軸とする方針であり、中央教育審議会におけるワーキンググループの議論のまとめにおいてもその方向に沿った考え方が示されていることが確認できました。
しかし、実効性のある人的な整備や環境整備の改善が進まなければ、「社会モデル」を実体化していくことは困難だといえます。今後具体的な方策が示されていくことになりますが、理念と規制だけを現場に押し付けることにならないように展開していくことを期待したいと思います。
*1:中央教育審議会 教育課程企画特別部会(2025)「論点整理」
https://www.mext.go.jp/content/20260129-mxt_kyoiku01-000045057_01.pdf
*2:教育課程部会 特別支援教育ワーキンググループ(第9回)(2026)「【資料1】第9回特別支援教育ワーキンググループの検討事項」
https://www.mext.go.jp/content/20260528-mxt_tokubetu01-000050228_003.pdf
*3:教員養成部会 特別支援教育作業部会(第2回)(2026)「【資料2】幼・小・中・高等学校の教職課程における特別支援教育に係る論点」
https://www.mext.go.jp/content/20260218-mxt_tokubetu01-000046535_004.pdf
*4:教員養成部会 特別支援教育作業部会(2026)「特別支援学校教諭の免許制度や教職課程、幼・小・中・高の教職課程における特別支援教育の在り方に係る方向性について(特別支援教育作業部会まとめ)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/124/mext_00005.html
*5:学校基本調査-令和7年度 結果の概要-(2025)「令和7年度学校基本調査の公表について」
https://www.mext.go.jp/content/20251226-mxt_chousa01-000044291_01.pdf
