学び!と共生社会

2026.09.29 <Vol.80>

インクルーシブ教育先進国における紙とデジタルの教科書制作と活用

大内 進(おおうち・すすむ)

インクルーシブ教育先進国における紙とデジタルの教科書制作と活用

1.はじめに

 インクルーシブ教育の先進国では、障害の有無や国籍、言語の壁を越えて「すべての子どもが同じ教室で共に学ぶ」ということを原則として、さまざまな取り組みを展開しています。
 教科書の制作と活用においても「学びのユニバーサルデザイン(UDL:Universal Design for Learning)」と「デジタル技術の最適化」を軸としたさまざまな工夫がなされています。
 わが国でも、インクルーシブ教育システムの構築という観点から、新学習指導要領では「多様性の包摂」を柱の一つとして掲げることが示されています(*1)。教科書についても、「一斉授業」、「均一な内容の学習」を前提とした画一的なスタイルから、多様な学び方や教育的ニーズを最初から想定した設計(ユニバーサルデザイン)への転換がこれまでよりも一層求められてくることになります。
 中教審の報告では、紙の教科書だけでなく、デジタル技術(デジタル教科書を含む)を有効に活用して「多様性の包摂」に対応するという方向が示されています。
 すでにインクルーシブ教育を積極的に推進している国々ではインクルーシブ教育を踏まえて教科書でどのような対応がなされているのか、イギリス、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、イタリアについて情報収集しました。それぞれの国の制度が異なるため単純に比較することはできませんが、これらの国々でインクルーシブ教育を踏まえての教科書への対応や活用がどのようになされているか、またデジタル技術をどのように取り入れているのかを探ってみたいと思います。

2.インクルーシブ教育先進国における教科書への対応

(1)イギリスの事例

 イギリス(特にイングランドやスコットランド)では、特別な教育的ニーズ(SEND)を抱える子どもたちが一般の教室で共に学ぶため、教科書や教材に数々の工夫がなされています。

①シンボル(ピクトグラム)付き教材の導入と効果
 イギリスでは、重度の学習障害や非言語(言葉を発するのが難しい)の児童が、通常の学級で他の子どもと同じ文脈で学んでおり、「シンボル(象徴)付きテキスト」の導入が進んでいます。
 SENMAGAZINEの記事(*2)によると、2020年に政府が行った、複雑な学習障害のある生徒を対象とした調査では、文字の代わりにシンボル(ピクトグラム)を用いた教材を含むマルチモーダル(視覚や聴覚の併用)な読書アプローチが、学習意欲と理解力の著しい向上につながることが明らかになったということです。しかし、こうした形式は主流の出版業界では依然として十分に活用されていない状況にあるようです。この記事の著者は、「教育におけるインクルージョンは、教育方法や政策だけで実現できるものではない。子どもたちが日々接する教材の中に、インクルージョンの理念が組み込まれていなければならない。アクセシビリティを最優先に考えて設計された書籍は、学習者、教室、そして社会全体に、その恩恵を波及させていく」と記しています。

②スコットランドにおける「Books for All」プロジェクト
 イギリスの教育は構成国ごとに独立しています。スコットランドでは、政府の資金提供によるBooks for Allプロジェクト(*3)が、アクセシブル教材の格差を解消する具体的な活動を行っています。
 これまで視覚障害児向けの点字や大活字教科書の供給は一定の成果を上げていましたが、身体障害、ディスレクシア(読字障害)等の発達障害、聴覚障害など、「印刷物の読み取りに困難(Print Disabilities)を抱える児童」へのアプローチが不足している点が課題とされていました。
 このプロジェクトでは、デジタルデータを多数所蔵し、対象となる児童生徒の特性に合わせて、肢体不自由のある子どもには特製のスイッチや視線入力でページをめくることができるスイッチアクセス対応デジタル教科書として提供したり、ディスレクシアのある子どもには音声読み上げ(Text-to-Speech:音声で内容を理解できる仕組み)教科書として提供したりするなど、柔軟な形で活用できるようデジタル化を推進しています。

③デジタル格差の解消に向けた政府・高等教育の動き(2025〜2026年)
 イギリスでは2024年以降、包括的な「カリキュラムと評価の見直し」が行われています。2025年11月には政府が「あらゆる児童のニーズに適合する改革」への方針を表明しました。これに伴い、デジタル教材のあり方についても新たな報告がなされています。2026年1月に発表されたデジタル技術に関する「Accessible Digital Futures」(*4)というレポートでは、「デジタルアクセシビリティ(誰もがデジタル教材にアクセスできること)は、後回しによる付け足しではなく、すべての人が学習に邁進できるための基本ツールである」と結論づけています。
 また、英国教育省(DfE)は、2026-2027会計年度に予算を計上して、中学校を対象に読書・教材支援に関するプラットフォーム構築を展開しているということです。紙の教科書だけでなく、生徒の特性に合わせて「大活字本」「オーディオブック」「多機能電子書籍」を学校の裁量で組み合わせて調達し、教室のインクルージョンを底上げするシステムを整備しようとするものです(*5)。こうした取り組みは、単に「障害児用の教科書をつくる」のではなく、「最初から誰もがアクセスできる共通デザイン(ユニバーサルデザイン)にする」という法的かつ人権ベースの思想に支えられているといえます。

(2)北欧諸国の取り組み

 北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)は、伝統的に「すべての人に平等な教育を(Education for All)」という理念を掲げ、障害のある児童も原則として通常の学級(メインストリーム)に包摂する教育モデルを築いてきました。北欧諸国では、教科書を「紙の冊子」という固定されたものとしてだけでなく、個々の生徒に合わせてカスタマイズできる「柔軟性のあるデジタルプラットフォーム」として制作・活用しています。

①デンマークの個別化システム
 デンマークには、「Uni-Login」(公式表記:UNI•Login)などに代表される全国共通の教育デジタルIDを介して、生徒は自身のタブレットやPCから教科書(デジタル教材)にアクセスすることができます(*6)。
 Uni-Loginは、デンマークの教育分野で広く利用されている、児童・生徒・学生、保護者、教職員向けの全国共通のデジタル身分証明書(共通ID認証システム)です。
 Uni-Loginは、教育関連のデジタルサービスや学習教材、学校管理システムへのアクセスを一元管理できる仕組みになっています。デンマークの国家学習ポータルサイト「EMU.dk」、学校・保護者間通信システム、学校が実施する全国共通テストの受講、サードパーティが提供する教育アプリケーションや読書用アプリへのログインが可能です。
 ここから提供される教科書は、その提供形式そのものがUDLに基づいていて、多面的な表現(テキスト、音声、動画、対話型ワーク)を含んでいます。ディスレクシアやADHDの児童向けに、画面の文字サイズやフォントの変更、行間の調整、文脈ごとのハイライト表示機能などが標準仕様として組み込まれています(*7)。

②フィンランドにおける「三段階支援」と連動したレベル別教材のシームレスな活用
 フィンランドでは、「一般支援」・「強化支援」・「特別支援」という三段階の指導支援システムが法制化されていて、通常の教室で担任教師と特別支援教師が一緒に教える「Co-teaching(協働指導)」が日常的に行われています。
 大手の教科書・教育用教材の出版社が制作する教科書は、「同じ単元」について、難易度や課題量、視覚支援などが異なる複数のバージョン(通常版、簡素版、発展版など)があらかじめセットで制作されています。
 多様な子どもが在籍する教室で、全員が同じテーマ(例:歴史の特定の時代や数学の特定の概念)を学びつつ、個々の理解度や障害の特性に応じて、教員がその場で適切なレベルの教材をシームレスに提供できる仕組みになっています。これにより、「一人の子どものために特別な教材を用意して教室内で孤立させる」という心理的障壁が取り払われることになります(*8)。

③ノルウェーにおける教科書の記述の「多様性」を可視化しようとする試み
 ノルウェーのオスロ大学などの研究チームが、「ノルウェーの学校の教科書は、多様な教室の現実を反映し、障害のある人々を適切に描いているか」という調査を実施しました(The invisible minority, 2021年)。調査結果では、多くの教科書で障害のある人々が「見えない少数派(Invisible minority)」になっており、登場頻度が極めて低いことが指摘されました。この報告を受け、現在のノルウェーの教科書制作ガイドラインでは、イラストや例文、歴史上の人物を紹介する際に、障害のある人々や先住民族などを「特別な存在」としてではなく、「社会の当たり前の構成員」として自然に描写する工夫が進められるようになっているということです。
 ノルウェーの教科書では、アクセシビリティといったハード面だけでなく、「教科書の内容に障害者がどのように描かれているか」というソフト面、つまりコンテンツの包摂性という面からも工夫がなされ、厳しく検証されているといえます(*9)。

④スウェーデンにおけるデジタルから紙への回帰の課題
 スウェーデンでは、デジタル教科書の導入が非常に早く進みましたが、近年、読解力テスト(PISA)の結果などから、デジタル教材への過度な依存が子どもの深い読解力を妨げているという批判的な分析がなされるようになりました。
 そのため、スウェーデンでは、「完全デジタル化」の方向ではなく、構造が把握しやすく集中を促す『紙の教科書』をベースにしつつ、個別のアクセシビリティが必要な場合に『デジタル機能』で補完するという、双方のよさを組み合わせたハイブリッドな教材活用へと洗練されつつあるということです(*10)。
 なお、北欧のインクルーシブ教育については <Vol.24> でも紹介していますので、そちらもご参照ください。

(3)イタリアの取り組み

①「デジタルとアナログのバランス」の基本思想
 イタリアは、1970年代から特別支援学校を原則廃止し、障害のある子どもも全員通常の学級で学ぶ「フル・インクルージョン」を世界に先駆けて法制化した国です。そんなイタリアにおけるデジタルとアナログのバランスの考え方は、北欧諸国とは異なるベクトルでインクルーシブ教育を支えています。
 イタリアの教育現場におけるバランス論は、「デジタルかアナログか」という教材の形態の議論よりも、「生徒同士の社会的なつながり(人間関係)をデジタルが阻害していないか」という視点が最優先されます。
 イタリアのインクルーシブ教育の核は、同じ教室で子どもたちが「共に過ごし、関わり合うこと」です。そのため、授業は教員による講義だけでなく、生徒同士のディスカッションやグループワーク(アナログな対話)を中心に設計されます。デジタル端末(ICT)は、その人間同士の協働やコミュニケーションをスムーズにするための「潤滑油」として位置づけられています(*11)。

②デジタルを「個別隔離」ではなく「集団の共有」に使う(イタリアの知恵)
 スウェーデンなどで問題となったのは、障害のある生徒にデジタル端末を渡すことで、その生徒が画面に没頭して「教室の中の孤独」が生じてしまうことでした。イタリアでは、個人の端末に閉じこもるのではなく、電子黒板などの大型のデジタル機器をクラス全員で囲み、障害のある子もない子も一緒になってコミュニケーションを通して一つのデジタル作品をつくり上げるといった手法が好まれます。
 イタリアの教員を対象にした調査においても、教師が体系的なUDLの専門研修を深く受けていない場合でも、日常的に音声、画像、テキストなどのデジタル情報を使って教材のアクセシビリティを高める工夫を自然に行っていることが示されています(*12)。教室全体を巻き込む「紙のワーク」を進めながら、必要に応じてスマホやタブレットでデジタルコンテンツを補助的に参照するという、「行き来が自由なハイブリッド環境」が定着しているといえそうです。

まとめ

 すでにインクルーシブ教育に先進的に取り組んでいる国々では、児童生徒の多様性に対応するために教科書の制作や活用にどのような工夫をしているか、いくつかの国の取り組み状況を紹介しました。結論として、インクルーシブ教育に先進的に取り組んでいる国々では、障害の有無や国籍、言語の壁を越えて「すべての子どもが同じ教室で共に学ぶ」ために、教科書の制作と活用において「学びのユニバーサルデザイン」と「デジタル技術の最適化」を軸とした工夫を行っているということが確認できたように思います。すでに筆者が本連載の <Vol.15> で紹介していることではあるのですが、ユニセフなど国際機関では、教科書制作の基本として、最初からすべての人が利用できるように設計するユニバーサルデザインの考え方に基づくことを推奨しています。今回、この事も確認できました。
 しかし、教科書に関する制度や活用法は、当然のことながら国によって異なっていました。
 デジタルを個別ではなく協働に活用するというイタリアの取り組みは、インクルーシブ教育という観点からは大いに参考になるところがあるように思います。個に焦点を当てすぎて失敗したスウェーデンもまた、新たな歩みを開始しています。ここからも学ぶところがありそうです。
 他国の取り組みをそのまま移入することはできませんが、「多様性の包含」を目指すのであれば、教科書の対在り方や活用法についてすでにインクルーシブ教育を積極的に推進している国々の成果と失敗に学び、その在り方を検討していくことは意義あることだといえるのでないでしょうか。

*1:中央教育審議会 教育課程企画特別部会(2025)「論点整理」
https://www.mext.go.jp/content/20260129-mxt_kyoiku01-000045057_01.pdf
*2:Emma Steel(2025)“Accessible books”, SEN Magazine
https://senmagazine.co.uk/featured-articles/sen-publishing/26826/accessible-books/
*3:CALL Centre(2007)“Books for All: Accessible curriculum materials for pupils with additional support needs.”
https://www.adapteddigitalexams.org.uk/common-assets/cm-files/files/Books_for_All_Report_from_SEED_site.pdf
*4:Jisc(2026)“New report says digital accessibility should be a route to academic excellence.”
https://www.jisc.ac.uk/news/all/new-report-says-digital-accessibility-should-be-a-route-to-academic-excellence
*5:GOV.UK(2026)“Department for Education Guidance:Funding for books and reading materials for secondary schools: guidance for schools.”
https://www.gov.uk/government/publications/funding-for-books-and-reading-materials-for-secondary-schools/funding-for-books-and-reading-materials-for-secondary-schools-guidance-for-schools
*6:Twentyfour, “Connect your site to the national educational systems using UNI•Login”
https://twentyfour.dk/en/integrations/uni-login/
*7:Karolinska Institutet, “Digital Accessibility and Universal Design for Learning”
https://staff.ki.se/education-support/preparing-and-designing-teaching/digital-accessibility-and-universal-design-for-learning
*8:株式会社スマイルバトン「先生の学校」(2024)「5人寄れば文殊の知恵!フィンランドの先生たちが7年かけて編み上げた、特別支援の子どもたちのための教科書」
https://www.sensei-no-gakkou.com/article/no0104/
*9:Kari-Anne B. Næss, Silje Hokstad, Bjarte Reidar Furnes, Elisabeth Hesjedal, and Jørn Østvik(2024)“Inclusive Education for Students With Special Education Needs in Norway” Remedial and Special Education 45(6), pp.351-358.
https://www.researchgate.net/publication/382614548_Inclusive_Education_for_Students_With_Special_Education_Needs_in_Norway
*10:Milosh Zezelj(2026)“Why Sweden is returning to printed books in the classroom.” The European
https://the-european.eu/story-60781/why-sweden-is-returning-to-printed-books-in-the-classroom.html
*11:Anna Frizzarin, Rosa Bellacicco, and Heidrun Demo(2023)“Inclusive Digital Education: The Case of Italy On the Use of Digital Technologies to Foster Inclusion in Italian Classrooms” Inklusive Bildung – regionale, nationale und internationale Forschung und Entwicklungslinien, pp.294–304.
https://www.phst.at/fileadmin/Redakteure/Dokumente/Studienreihe/Band_17/PHSt_StBR_Bd17_Kapitel_21.pdf
*12:Pagliara, S., Sanchez, Utge, M.S, Bonavolonta G., and Mura, A.(2023)Analysing Italian Inclusive Education Practices in Relation to Universal Design for Learning Principles. IOSPress