学び!と人権
2026.08.05 <Vol.32>
国連障害者権利委員会とデグナーさんの主張――「障害の人権モデル」とは何か?(その3)
国連の提唱する「障害の人権モデル」
近年の国連障害者権利委員会では、「社会モデル」という言葉をほとんど使わず、主として「人権モデル」という言葉を使っています。よく似たことばに rights based approach というのがありますが、あとで紹介するデグナーさんは、人権モデルはそれとは異なると言います。
国連障害者権利委員会が日本政府の報告に対して提出した総括所見(2022年10月)では、「社会モデル」という単語はまったく出てきません。それに対して「人権モデル」という単語は7回出てきます。参考までに他の国に対する総括所見を調べてみると、ほとんどの国に対する総括所見において、「社会モデル」という言葉はまったく出てきません。出てくるのは、ほとんどの場合、「人権モデル」の方です。オーストラリア(2013年10月)、韓国(2014年10月及び2022年10月)、EU欧州連合(2015年10月)、ドイツ(2015年4月)、モンゴル(2015年5月)、ポルトガル(2016年5月、ただし同国に対する総括所見では「人権モデル」ではなく「人権アプローチ」の語が用いられている)、イタリア(2016年8月)、カナダ(2017年4月)、イギリス(2017年10月)、ネパール(2018年3月)、ロシア(2018年4月)、フィリピン(2018年10月)、ノルウェー(2019年4月)、ミャンマー(2019年10月)といった国々に対する総括所見では、「社会モデル」という言葉は出てこず、「人権モデル」(ただしポルトガルについては「人権アプローチ」)という言葉のみが使われています。あとで紹介するデグナーさんによれば、「社会モデル」という単語がハッキリと書かれているのは、ペルーに関する総括所見(2012年4月)だけだそうです。これは、障害者権利条約に関わる政府レポートが審査対象とされたなかでもペルーは3番目であり、初期のことだったという点が関わっています。このように、現在の国連障害者権利委員会では、「人権モデル」という言葉が主流となっているのです。
日本政府に対して、国連障害者権利委員会からの総括所見は、「通常教育の教員及び教員以外の教職員に、障害者を包容する教育(インクルーシブ教育)に関する研修を確保し、障害の人権モデルに関する意識を向上させること」(para52(d))を求めています。しかし、日本政府はこれを積極的に受け入れているわけではなく、「人権モデル」という言葉は用いないままです。日本政府が「人権モデル」という概念に消極的であることを象徴するように、障害者差別解消法(2016年)では、「社会的障壁」という言葉が9回出てくる一方、「人権」という言葉は1回登場するのみです。
テレジア・デグナーさんの主張
わたしの知る限り、国連障害者権利委員会では「人権モデル」について積極的に概念を定義していません。しかし、国連障害者権利委員会が、「社会モデル」ではなく「人権モデル」に立って取り組みを進めようとしていることは、以上のことから明らかです。
人権モデル支持の立場から積極的に発言している一人は、テレジア・デグナーさんです。デグナーさんは国連障害者権利委員会のメンバーであり、委員長をしていた人でもあります。とはいえ、デグナーさんの主張にすべての人が賛成というわけではありませんし、デグナーさんご自身も時期によって力点の置き方が変わっています。
デグナーさんは2014年に「障害の人権モデル」という論考を発表しています。この論考のなかでデグナーさんは「障害者権利条約は障害の社会モデルを超えて、障害の⼈権モデルを法典化したと私は理解する」、「私の障害者権利条約理解は、この条約がその(社会モデルの=森)代替案、つまり障害の⼈権モデルを与えているというものである」と述べています。つまり、デグナーさんによると、障害者権利条約そのものが人権モデルを体現しているということなのです。障害者権利条約が人権モデルそのものだとすれば、国連障害者権利委員会が改めて人権モデルを定義しようとしない理由にも納得がいくかも知れません。デグナーさんはその上で、6点にわたってなぜ人権モデルなのかを論じています。6点は次の通りです。ここでの翻訳は森によるもので、論旨をわかりやすくするよう意訳しています。
- 機能損傷があるからといって人権を行使する能力がないとみなすのは許されない
- 人権モデルは、第一世代の人権(自由権)と第二世代の人権(社会権)を幅広く含む
- 人権モデルは機能損傷を悪いものと見るのではなく、人間の多様性の一部として尊び大切にする
- 人権モデルは、アイデンティティという問題を積極的に受けとめる
- 人権モデルに立つことによって、予防政策について吟味できるようになる
- 人権モデルは、社会正義をめざして闘う
同論考を参照いただけば、デグナーさんの主張するところは分かるかと思います。次回には、6点のなかに盛り込まれた、とくに人間の尊厳やアイデンティティに関するデグナーさんの意見を紹介したいと思います。
【参考文献】
- テレジア・デグナー氏「障害の人権モデル」(公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会情報センターウェブサイト)
- 写真提供:時事通信社

