学び!とPBL

2026.08.20 <Vol.101>

ネガティヴ・ケイパビリティ

福島大学教育推進機構 准教授 前川直哉

ネガティヴ・ケイパビリティ

AIの時代に必要な力

 前回、「地域課題の発見・解決ももちろん大切だが、生成AIが「それっぽい」ことを瞬時に出力できる時代になり、また別の力の養成が必要になってきた」と書きました。生成AIは、問いを投げれば数秒で「それらしい答え」を返してくれます。しかし、社会の抱える課題や人間の悩みは、そもそも単純な正解が存在しない領域です。

 だからこそ、未来を生きる子どもたちには、「答えらしきもの」に安易に飛びつかず、曖昧さを抱え続ける力がこれまで以上に必要となります。こうした「答えの出ない状態に耐え、拙速に結論へ飛びつかない力」は、ネガティヴ・ケイパビリティとも呼ばれます。これからの時代の教育においては、子どもたちのネガティヴ・ケイパビリティを伸ばしていくことも重要だと、私は考えています。

 これまでの学校教育には、ネガティヴ・ケイパビリティを伸ばしづらい構造があったことも否定できません。授業では頻繁に「理解度チェック」が行われ、学校のテストも入学試験も、制限時間内にいかに「正答」を多く答えたかで評価されます。生徒も教員自身も「わかりやすい授業」がよい授業だと考えがちです。つまり曖昧さを抱え続けることよりも、明確な答えを理解しやすい形で提示することのほうが、学校文化の中では評価されやすいと言えます。また、ネガティヴ・ケイパビリティをどのように測定すればよいのかも、なかなか難しい問題です。

教育とネガティヴ・ケイパビリティ

 それでも、私たちはこの力を育てることに挑戦する価値があります。生徒が「すぐに答えが出ない問い」に向き合うとき、教師がその揺らぎを一緒に抱えられるかどうか。慌てて問いを収束させず、結論を急がず、状況の複雑さをそのまま受け止める姿勢を、どうやって教室で実現できるか。難しいけれどワクワクする、教員にとって非常にやりがいのあるテーマです。

震災・原発事故という正解のない課題に取り組む、福島大学「むらの大学」の授業の様子

 考えてみれば、教育という営みそのものが「絶対的な正解のない営み」です。授業も、生徒指導も、学級づくりも、どれも唯一の正解があるわけではありません。同じ言葉が別の生徒には全く響かないこともあるし、昨年うまくいった方法が今年は通用しないこともあります。教育は本質的に、曖昧さと揺らぎの中で、「恐らくこうだろう」と手探りで判断を重ねる仕事です。つまり、ネガティヴ・ケイパビリティは子どもたちだけでなく、教員自身にとっても不可欠な力なのです。

 生成AIが「答えらしきもの」を瞬時に提示する時代だからこそ、学校は「すぐに答えが出ない問い」と向き合う場であり続ける必要があります。ネガティヴ・ケイパビリティを育むことは簡単ではありませんが、教育の本質に立ち返ると、そこには確かなやりがいがあります。曖昧さを抱え続ける力を、子どもたちとともに育てていくこと──それこそが、これからの学校の役割なのかもしれません。