学び!とESD

2026.06.15 <Vol.78>

教育変革の鍵――社会情動的学習(SEL)

井本 直歩子(永田研究室大学院生)

教育変革の鍵――社会情動的学習(SEL)

 このサイトでもたびたび取り上げられてきた社会情動的学習(SEL)(たとえば「地球規模課題とSEL」Vol. 42 , Vol. 43 , Vol. 57 , Vol. 58)は、認知スキルや学力重視の教育システムが取りこぼしている重要なスキルとして近年重視されてきていますが、教育制度のメインストリーム(主流)への体系的な統合はいまだ十分とはいえない状況ではないでしょうか。

 そんな状況を打破するために、ユネスコは「教育システムにおける社会的・情動的学習の主流化:政策ガイド」(2024)(以下、政策ガイドと略)を通して、「よい教育とは、認知的な学習だけでは不十分である」というメッセージを力強く発信しています。特に、戦争や武力衝突、地球環境の悪化、格差の拡大、人種差別や偏見、ヘイトスピーチなどが増大する現代社会において、これらを解決する力を養うことを目指すESDの文脈でのSEL の重要性を、ユネスコはより強く説いています。今回はこの政策ガイドについて紹介します。
 デジタル化が急速に進む昨今では、人々の社会的スキルや協調性が低下し、学習者同士や教員との絆などが薄れつつあるといわれ、子どもたちのメンタルヘルスが脅かされています。コロナ禍はその懸念をさらに加速させました。教育に従事する私たちは今こそ、SELを体系的に学習プロセスに統合させることについて真剣に考えなければなりません。

 筆者もかつて、国連児童基金(ユニセフ)で難民の教育支援に従事していた際、SELの必要性を痛烈に感じたことがあります。赴任先のギリシャには、シリアやアフガニスタンをはじめ、20を超える国々からの難民・移民が押し寄せていました。子どもたちの多くは、内戦などの危険にさらされ、避難してきたことによるトラウマやつらい思い出を抱え、この先の未来がみえず、言葉も通じない環境に明らかに戸惑っていました。人数が多く、子ども一人ひとりの授業時間が限られた中、異なる民族が教室の中で小さな共生社会を築き、効果的な学びを促進するには、SELを識字教育などの学習プロセスに統合していくよりほかに選択肢はありませんでした。同僚たちとともに、急ピッチでSELを取り入れた識字教育の教員用ガイドを策定し、教員のトレーニングを行いました。

 冒頭で示したユネスコの政策ガイドでは、特に「変容的SEL(transformative SEL)」を促す教員の役割が強調されています。「変容的SEL」は、学習者が以下のことを可能にすることで、他者との関係性と行動のポジティブな変化を促進することを目的としています。

『変容的SEL』とは?
出典:UNESCO (2024) , p.16をもとに筆者作成

 多様性や多様な価値観に対する理解や寛容に欠け、敏感な感性や配慮が不足しがちな教育現場において、「変容的SEL」は問題の根本原因を批判的に検証するために思いやりと公平性を重視した視点を取り入れることで現場の問題に対処し、当事者同士で教育現場が抱える様々な背景を考慮してSELの意味を再定義することが重要であると、この政策ガイドは説いています(p.104)。

 教員が、対立するさまざまな考えをもった学習者間での、非常に複雑でセンシティブな状況に直面する時、内面的な戸惑いや葛藤を引き出し、学習者同士が対話し、お互いを理解し合うようなプロセスを演出するには、相当の熟練技術が必要です。

 そのために、もっとも重要なのは、教員の社会情動的コンピテンシーとウェルビーイングであり、これを実現するための教員養成、教員研修や継続的なサポートが何よりも必要であることは明らかです。

 この政策ガイドは、最新の研究成果や世界各地の実践事例(具体的なSEL実施事例を含む)を凝縮し、政策立案者やマネジメント層に対し、SELの概念化、そして教育システムのあらゆる側面への統合を促進するための予備的な指針を提供しています。
 平和で持続可能な未来に向けて、教育が解決策となるために、今こそSELの本格的な導入が必要です。このガイドがそのヒントになることを願います。

【参考文献】